三日後、トシが消えた。
「なぁ、ギントキ」
「のクローンね」
「・・・アイツは何処に行った?」
「・・・感じるの?」
「嫌な予感がするんだ」
土方は秀麗な顔をゆがめた。
「・・・・・・実は俺も」
俺達はいつも呼び合う。
なのにこのとき俺のなけなしの勘は何一つ有効な働きをしなかった。
愛がすべてを救うなんて結局ウソ。
玄関を叩く音に土方が反応する。
開け放した引き戸の向こうに俺と同じく銀色の髪の男。
「…なんだ、土方お前元気じゃん」
安堵した顔だが意味が分らない。
「万事屋、テメェなんでここが分かった…?」
土方の問いに銀髪は目を伏せて白状する。
「…悪ィ。俺、お前の後つけたコトがあったから…」
絶句する土方に銀髪は言いにくそうに言葉を繋いだ。
「別に誰かにバラそうってんじゃねェ」
「…わかってる。もしテメェが仕掛ける気ならいくらでもチャンスがあったはずだからな」
吐き捨てた土方に、俺はこのとき何となく目の前の銀髪、俺のオリジナルが哀れに思えた。
多分コイツが黙ってるのも、ついあとをつけちまったのも、俺がトシを想う理由と同じだろうからだ。
「…お前のクローンのことで」
話が、と言いかけた銀髪の襟元を掴み上げると土方は怒鳴った。
「言え!!!」
なんでクローンのことを知っているのかとか、そういう無駄な問いは土方にとってはどうでもいいようだ。
やっぱりコイツは頭が良いと思う。
「落ち着けよ。いや、俺の知り合いがさ、変な場所でお前を見かけたってんだよ。それ、お前のクローンだろ 」
「何処でだ!?」
銀髪は土方の剣幕に押されながらも飄々とした姿勢は崩していない。
大物なのかもしれないという考えがちらりと過ぎる。
「落ち着けって。お前そんなんじゃ見付るもんもみつからねぇぞ」
苛つく土方の肩を叩くと銀髪は言った。
「大江戸総合病院…俺、お前が怪我でもしたのかって思って気になって来ちまったんだよ。
そしたらお前元気だから、ああ、クローンの方なんだなって…」
かなり重大な告白をしているだろう銀髪の男に目もくれず、土方は携帯を片手に叫んだ。
殆どワンコールで出る相手。誰だよ。
「山崎!武器一式持って覆面パトで来い!」
そのまま出て行こうとする土方を銀髪が慌てて引き止める。
「離せ!」
「……俺も連れてけ」
言い合うのも面倒なのか土方は頷くと走った。
銀髪は俺を見ない。
俺も銀髪を見ない。
同病相哀れむなんて御免だからだ。
トシはなんで逃げた?
リノリウムの床は薬品の匂い。
研究所にも医療施設はあった。
馴染み深い匂いに土方のクローン、トシは目を細めた。
大江戸総合病院。
懐かしいわけではないが目的があった。
目の前を歩く男。
この男が大江戸総合病院で働いていることをトシはラボにいた研究員の会話から拾っていた。
抜け出す前に白状させたこの男のパーソナルデータ。
全て聞き出す前に研究員は死んでしまった。(力の加減が出来なかった)
この男の嗅覚は恐ろしい。
美しいものが好きで、残酷で、頭の回転が速い。
頭の回転の速さと等しく狂っている。
狂気を飼っているのではなく狂気そのもの。
この男が俺をつくった理由、考えるだけでもおぞましい。
酷く嫌な匂いがする。
嫌いだ。
嫌い。
全身の筋肉を緊張させて攻撃の挙動に入ろうという瞬間。
背後から薄汚い言葉がいくつも浴びせられて、トシは困惑した。
「幕府の狗め」
振り向く、男が3人。
「攘夷志士」であることはトシには分らなかった。
理不尽な悪意だけが分かった。
俺とあの人のどこが似ているんだろう。
顔が一緒だから?
馬鹿みたい。
おじさんたち。
あんな完璧な人と俺を間違えてどうするの。
男たちは煩くて、汚い。
…今少なくともこいつらにとっては俺は「土方十四郎」なのに。
あんな美しい人をどうして嫌えるんだろう。
土方はいつもこんなことを言われているのだろうか。
いつか誰かがあの綺麗な人を汚すんだろうか。
いつか。
あのきれいなひとを。
思って、それからトシの頭の中で何かが弾けた。
いつだって何かを認識するときは全てが終わったときだった。
ギントキはいつもそれを。
それを?
一瞬で攘夷浪士の群れを八つ裂きにしたクローンはそれからふらふらと前を見た。
血も臭いもよく馴染んだ物だった。
心拍も体温も極めて正常。
それからふらふら歩き出す。
ターゲットは薄笑いを浮かべて惨劇を「見て」いた。
相変わらず悪趣味に。
それからトシがこの世で一番嫌いな声で言う。
「やぁ、0505」
そうだ。
それがアンタが付けた俺の名前。
悪夢の刻印。
「私を殺しに来たのかい」
頷くと男は笑みを深めた。
「残念だけど、お前にお客様だよ」
バタバタと足音がいくつもして、近づいてくる訓練されていない足音にトシは眉を顰めた。
ただの人間は厄介だ。
きっと殺してしまう。
派手な動きをした所為で研究所の人間に勘付かれたのがいけなかったのだろうと脳のどこかが冷静に分
析した。
背後から研究員が近づいてきたのを、振り返った目の端に捕らえた瞬間、
彼らが金切り声をあげて倒れる。
血が噴出した。
いつか見た情景そのままに。
「この出血量じゃ、…みんな死んだね」
「だろうね」
「何、ソレ」
背後のソレ、は研究員達を蹴散らした後、男の声に導かれるように近づいてくる。
「これは手加減などできない。生まれたてなんでね。お前と同じで」
男は哂う。
いつかの、研究の名残が目の前にいる。
自分よりはるかに強い、化け物の遺伝子を融合させた生き物。
秘密裏に作成されていた実験体は自分も含めて様々な種類があったし、
そのどれもが人間の体を成しているわけではない。
男の言葉を待っているのか、低い唸り声の他には動きらしい物は無い。
「手加減はできなくても、アンタの命令は絶対なんだね」
「私はコレの親だからね。子は親に服従するものだ。可愛いだろう」
「どんな親でも」
「口の減らない子だね。ママに縋るお前とどこが違う」
「は、アンタだって土方に縋りたいんじゃないか」
言うと男の顔が奇妙に歪む。
気持ち悪い男。
化け物は親の動揺を感じ取ったのか、判断に迷うようにこちらを逼迫する。
おそらく何か合図の一つでもあれば、迷わず襲い掛かってくるのだろう。
この間見たホラー映画に似ていると思って、「土方のクローン」は笑った。
化け物が唸る。
からかわれたと思ったのだろうか。
思う事ができるのかは知らないけれど。
「さ、お行き」
男が化け物にそう命じた。
体が反応するより早く、胸を貫かれたことが認識できた。
人間にこの反応は無理じゃないだろうかと変わらず冷静に思う。
最悪の男は笑みを浮かべた後、優雅に踵を返している。
口惜しい。
何より、土方十四郎の顔が浮かぶ。
俺の母親。
オリジナル。
唯一無二の存在。
俺にとっての世界。
きっと泣いてくれる、泣かせてしまう。
どうしよう、どうしよう、
この期に及んで俺は、貴方を哀しませるだろう事だけが気がかりだ。
自分の為に生きろと、貴方は言ってくれたのに。
触覚はあるが痛覚は無いに等しいので平気だが、出血のせいか頭がうまく働かない。
駆けつけた研究員達が死体に金切り声を上げていたがトシにはもうどうでも良かった。
化け物の遺伝子。
俺もきっと同じ。
貴方は俺の世界だけれど、世界はどんなに広くても一つしかなくて、だから誰のものでも無いんだろう。
お母さん、貴方にさよならを言わずに済んでよかった。
――――――だって優しいあなたはきっとまた泣いてしまう。
一瞬で胸がいっぱいになって。
土方のことでいっぱいになって。
それからクローンは冷静に考える。
屯所から仕込んできた爆薬では果たしてどこまで破壊しつくせるか。
逃げたあの男を殺さなければ。
土方の、愛する俺のオリジナルの為にはあの男は絶対に抹消してしまわなければ。
あの男は危険。
あんなに綺麗なマザーを愛する資格なんか、俺にもアイツにも無いはずだ。
息を吸う。
それから。
遠くのほうで声がすることを鋭敏な聴覚が拾った。
ああ、なんてきれいにひとを斬るんだろう。
めまいがしてしまう。なんてきれいなひとなんだろう。
あたまのなかでゆいいつあなたをにんしきしていられればそれでしあわせ。
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