トシを追って、血の匂いを辿っていけばあっという間に地獄絵図にご招待。
床一面の血液と横たわる死体。
目の前の惨状にも流石に土方は動揺していなかった。
だけど血濡れで倒れ伏すクローンを見て、土方を取り巻く鋼のように鋭い空気が僅かに揺らいだ事に銀時
は気づいた。
「…土方、お前はクローンの所に行ってやれ」
告げると土方は素直に頷いて駆け寄った。
銀時は黒い化け物を前に木刀を優雅に構え、ギラギラとした殺気をわざと見せ付けるように、悪辣に笑う。
殺気に反応した化け物は、銀時を「敵」だと認識し咆哮をあげた。
「・・・土方は、このくらいでびびったりしねぇだろ」
銀時は呟く。
立ち尽くしていた自らのクローンを置き去りに刀を閃かせた。
置き去りにされた銀時のクローンはただ目の前の戦いを見せつけられた。
圧倒的な力の差。
無慈悲な速さで沈められていく化け物。
強靭な腕力と剣筋の鮮やかさが木刀に似合わない金属音から感じ取れる。
普段、あんな目をしていたくせに。
その目はなんだ。その目は。
残酷な速さで辺りが血に染まり眼が苛烈な色を帯びて標的を射抜く。
瞬時に凝縮されて爆発的に繰り出されるエネルギーに気が遠くなる。
土方とは違った理屈で狂った男。
似合いだ。
あんた等、近すぎて互いに互いしか認識できなくなる日はそこまで迫ってるぜ。
坂田銀時、人殺しの遺伝子を末端まで行き渡らせた俺の本体とでもいうべき殺戮者。
夜叉の名に相応しい目と、残酷な腕。
うっすら笑いながら人を殺める。
心が殺されてしまうのが判る。
俺の身体に同じ血が混じっていたら、俺はトシを壊してしまう。イヤだ。
土方は、この男の想いに応えないのが自己防衛の発露だと気付いているだろうか。
イヤだ、土方に何かあったらトシは正気でいられない。
俺の心も、乱れてしまう。混乱している。頭の芯が疼く。
人間を。
俺のオリジナルを、初めて心の底から恐ろしいと思った。
替えが効くようでは、自分の存在価値がなくなってしまう。
だから俺は自分の価値を吊り上げるんだ。
トシのように、ただひたすら愛する存在のためにあることも出来ない。
愛されたいが、怖い。
怖い、トシの傍に行きたいのに。
震える足がそれを赦さないんだ。
「…ごめんなさい」
話すな、と言う目で見て土方はクローンの身体に的確に止血を施す。
あと五分もすれば助けが来る。
縋るように伸ばされた手をしっかりと握り、優しく抱き上げたクローンの体から失われた血液の総量を目測
した土方は悪い考えを振り払うように唇を噛み締めた。
「あったかいね」
愛しげにクローンは土方を何度も撫でた。
「服、汚れちゃったな。ごめんね」
「そんなの気にするな」
胸に押し当てられた頬があったかい。心臓の音がする。
ドキドキと凄く速い。俺の為に不安で、心臓が速く鳴ってるんだね。やさしい、ひと。
「・・・大丈夫だ。もう車が来る」
「うん、分かるよ・・・俺が助かりそうなの。俺頑丈だし」
それだけが取り得。
オリジナルの影武者には最低限「打たれ強い」という特性があれば十分。
オリジナルが逃げるときの時間稼ぎにもなるし、クローンもうまく逃げられれば修理して使いまわすことが可
能。
それだけのための命。
それで、良かったのに。
「・・・ありがとうな、俺のために、頑張ってくれたんだろ?」
「ん・・・ホントは死んでも平気だったんだけどね」
マザーに嘘はつけない。
一目逢いたいという願いが叶って、こんなに優しくしてもらって。
何も思い残すことは無いのに。
俺が居たら、貴方はきっとこの先困る。
出来損ないの俺のマザーが、こんなに綺麗で優しい人だなんて俺は何て幸せなんだろう。
「・・・お前と一緒に生きたい。せっかく逢えたのに。俺を探して、こんな遠く・・・に、きてくれた、のに・・・」
土方が、マザーが泣いている。
綺麗な涙。
俺には無い機能、感情。
いや、俺は出来損ないだから、涙腺があっても涙が出ないんだ。
だから、マザー、代わりに泣いてくれてありがとう。
「うん、母さんが、土方がそう言ってくれるなら俺はちゃんと生きるよ」
あいしてる、が、どんな感情かやっと分かった。
きっと、俺のすべてでこの人を護りたいという今この気持ち。
「ん・・・」
握った手は離れなかった。
救急車は駄目なのでパトカーで、搬送されるときも付き添ったマザーは俺の手をぎゅっと握ってくれていた。
嬉しくて、本当はこのまま逝ってしまっても良かったのだけれど。
目覚めたとき。
つきっきりで看病してくれていたらしい、白いベッドの脇で眠るマザーの綺麗な顔を見て、
この人と同じ、この星に生きていたいと、そう思った。
―――――それから、そっと、その頬にキスをしたのは、俺だけの大切なひみつ。
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