結局トシと二人して土方の私宅で匿われることになった。
トシのオリジナル、土方十四郎は流石に優秀な男で話も早かった。俺はあっさりとトシに会うことができた。
そもそも研究所はクローンが抜け出した時点で土方本人に連絡をとっていたのだ。
トシは碌な感情を見せなかったが、オリジナルの話は聴きたがった。必ず本人の元へ向かうとお偉いさんは踏んでいた。
(そして事実その通りになった)
それを引き渡さなかった土方の意志は判らない。だが正直俺は土方に参っていた。なんせトシと肌の色以外は生き写しなんだ。
俺がやられちまうのは当然だろ?
結局二人とも私宅で匿うことにした。
山崎だけが知っているこの場所。滅多なことがなければまず、露見しないだろう。
「ギントキ」と名乗った万事屋のクローンは「トシ」と同じく黒い肌をしていて、奴よりずっとキツイ目をしている。
いや、死んでないから「キラめいて」いるのかもしれないが。
「疑って悪かったな」
「いや、アンタくらいじゃなきゃ今時やってけないのは分かるぜ」
ギントキは特に気にした様子もなく笑う。
「とりあえず飯にするか。お前カレーは辛さどれくらいが好きだ?」
ギントキが固まる。
「・・・あ、・・・・」
おかしなことを言っただろうか?
クローンとはいえ、万事屋と同じ味覚とは限らないだろうと考えて尋ねた。
外見はともかく、雰囲気は似ているとあまり感じない。
「うん、じゃあ辛口で」
「分かった。トシは辛くて平気か?」
「ああ、アンタが作ったもんなら何だって良い」
無邪気に言われてこっちが照れた。
同じ顔でこうも…いや、もう俺のこの性分は直らねェな。
「嬉しいけどな・・・ちゃんと言えよ。お前は遠慮しすぎだ」
俺とよく似た顔で俺よりずっと素直なはずのトシは、こういうとき曖昧に笑う。
遠慮しているのだろうか。
できる限りのことはしてやりてェのに。
立ち上がってキッチンに向かう。
山崎がたまに使うキッチンは綺麗に整えられているし、買出しに行かせておいたから材料は揃っているはずだ。
たまには作らなければ腕も鈍ってしまう。
誰かの為に調理するのは実は嫌いじゃねェ。
「・・・遠慮じゃないよ。だって俺には味覚がないから、折角作ってもらってもわからないんだよね、ギントキ」
トシは笑う。それはただの反射だ。プログラムされたような無機質で均質な笑み。
「・・・トシ」
「ん?どうしたギン」
「・・・アイツ優しいな。俺のオリジナルとはエライ違いだ」
俺とあの天パを一緒にしない。
クローンはオリジナルと同一視されるのが一番堪える。
何せオリジナルに敵うわけがないのだから。
(いや、あのクサレ天パになら勝てるかもしれないな・・・)
僅かな間だけでも、あの男が甘いもん好きなのは分った。
なら面識のあった土方だって知っているだろう。
アイツの甘いもんへの執着を知っているならさっきの問はないと思っていたのに。
「うん。俺にもな、凄くやさしくて困るくらいなんだ。昨日は映画を観たし、この服も買ってもらった」
「・・・よく似合う」
袖をひらひらさせるトシが今度はちゃんと自分の意思で、子どものように笑った。純粋に可愛いと思う。
「・・・ギン、マザーには言わないでくれよ」
「・・・何を」
「俺が、出来損ないだって」
「・・・お前は、別に出来損ないじゃねぇよ」
「・・・だって、せっかくあの人が作ってくれた料理の味も分からないようなヤツ、どうしようもない」
トシがぼんやりとした眼で呟いた。コイツは、きっと今泣きたいんだろう。
でも泣けない。涙腺はあっても、涙は零れない。
俺は泣くほど殊勝なタマではないだけで泣くことも可能だが、コイツは泣くことそのものが出来ない。
さっきまでひよこみてぇについて回ってたくせに、味覚が無いから、きっと一緒に料理をしないんだと見当がついた。
味もわからない。
泣く事も出来ない。
でも悲しいという気持ちなら、お前はもう分かってるんじゃないのか?
そっと肩を抱き寄せて頬にくちづける。
トシが小さくわらう。
大事な大事なトシ。
大丈夫、お前のことは俺が護るから。
たとえおまえがほんとうに出来損ないだとしても、それがどうした。
俺がお前を。
土方が作ったカレーは美味かった。
トシは幸せそうで、例え味が分からなくても、美味そうに食っていてホッとした。
いや、嬉しそうに食っていたっていうのか。
(マヨネーズをどっさりかけたのには閉口したが・・・)
トシは完全にマザー、土方の真似をしてマヨネーズをどんどんかけている。
味が分からなくて正解かもしれないな・・・と不謹慎ながらちょっと思った。
美麗な土方とマヨネーズは破壊的に似合っていない。
まぁ、親の真似をしたがるのは赤ん坊の定番だから、微笑ましいと言えなくも無いが。
俺はなるべくカレーの惨状を眼に入れないようにして、
二人の顔を交互に見ていた。
よく似ている、いや似ているなんてレベルじゃない。
綺麗な顔が二つ。
なんて贅沢。
トシがちょろちょろ手伝って洗い物を済ませると、土方は三人分の食後のお茶を用意してくれた。
それで一服して、それから三人で映画を観た。
土方は任侠モノやアクションが好きらしくDVDはそういった類のラインナップで溢れていた。
ペドロとかいうキモイおっさんのアニメDVDはトシのために用意したんだろう。
土方には似合わない。俺は映画の内容よりも土方がうるうると切れ長のでかい目を潤ませて泣くのが可愛くて、
トシがおろおろしながらそれを見て、土方に抱きついて慰めようとしているのがいじらしくて、すっと二人に夢中だった。
映画の内容なんて正直どうでも良かった。
俺はあんまし作りモンに興味がねェ。
だいたい、目の前に俺の好きな顔が二つもあるんだぜ、しょうがないよな?
(どうやら二人にとっては)とても怖いシーンでは二人はぎゅっと手を握り合っていて、
それは凄く愛くるしい光景だった。
(何度も抱きしめたくなって俺は困り果てた。)
映画が終わると泣きはらした目をしたまま、土方はトシと俺にお茶のおかわりと甘すぎないシフォンケーキを出してくれた。
たっぷりの生クリームを添えて。
ヤマザキ、とかいう男に買ってきてもらった、と土方は言って
「こういうの好きか?」
と聞いてきた。
トシが頷くと嬉しそうに笑う。
「クリームもっといるか?甘いやつ」
にこにこしている土方にとってはどうやら俺達は小さな子どもと変わらないようだ。
トシはともかく俺は多分土方より年上だろうが、
優しくされるのがくすぐったくて嫌な気はしなかった。
ハハオヤ、ってこういう風に優しいもんなのかもしれない。
若くて色っぽすぎるハハオヤだけどな。
俺より疲れやすいトシがうとうとしだしたのに気づいた土方がそっとトシを寝室に連れて行ってやり、寝かしつけた。
寝かしつける、というよりも添い寝しているって感じの穏やかな光景に俺はまた眩暈がした。
土方がいるだけでトシは電池が切れるようにすとんと眠りについた。
愛のチカラ、ってヤツは偉大だ。
って考えてから俺は固まる。
愛のチカラってなんだよ。
そういうのナシじゃなかったっけ。
俺達には縁の無いものだったはずなのに。
ずっと前から俺の中にはトシしか。
でもトシの中には、俺すらいない。
トシが眠って、俺は土方と話し合う事にした。
「研究所から連絡があったのに、何故アンタはトシを引き渡さなかった?」
「渡したくなかったからだ」
土方は簡潔にそう言った。俺はもう、その力強い言葉に惚れそうだ。
「まずいんじゃないの、それじゃ」
「俺は知らなかった。俺のクローンの存在を」
「・・・だろうね。俺のオリジナルもそうだった」
「会ったのか?」
「・・・まぁ。不本意ながら」
「アレはアレでなかなかの男だけどな」
「そうは見えない」
「確かにお前のほうがイイ男に見えるな」
「・・・アイツのクローンだから?」
「違う。お前とアイツは俺に言わせればあまり似ていない。お前はお前で、アイツはアイツだ。俺はお前の強い眼の方が怖くてゾクゾクして好きだぜ」
「・・・・・・なんだよ、ソレ」
「強い男とやり合うのが好きなんでね」
土方は無邪気に笑った。そういえば大立ち回りのときも剣を振るうのが心底楽しいという純粋な闘気に溢れていた。
トシのママはなかなか過激な美人だ。
「まぁ、万事屋もいざってときは眼が違ってゾクゾクするんだけどな」
「・・・・・・」
そしてトシと同じくらい無邪気に男心を弄ぶんだな。
「まぁ、そこは置いておいて、話の続きだが」
土方はちょっと照れたように笑った後、真剣な顔つきになった。
「研究所は秘密裏にクローンを作成していた。俺どころか世間の殆どに内密にだ。その時点で気に入らない」
「やっぱ気分悪い?」
自分とそっくりの出来損ないがいるなんて。
「トシは研究所から出た事が無かったと言った」
「・・・うん」
アイツはアンタに会いたがってたから外出許可が下りなかった。
「俺に見つかるのがマズイからだろう?俺に会いに来てくれるつもりで何度か外出しようとしたらしいからな」
ああ、そこまでトシは話しちゃってるんだ。
「・・・アンタにばれたら困るから、確かにトシは外に出られなかった。でもそれは」
「俺のせいだ」
「アンタのせいじゃない。トシは外に出たがらなかった。偶然アンタの事を知って、それからアンタに会いたいと思って、初めて外出許可を願い出たんだ。それはここ数週間の話だ」
トシは生まれてからずっとあそこにいて、そのことに何の疑問も無いようだった。
トシは何も求めなかったし、拒まなかった。
アンタ以外何も。
「だからアンタに会いたいと思うまでの長い間、アイツは少なくとも辛くは無かったんだ」
嘘はついていない。アイツは傷みも悲しみも知らなかったし、愛する事も憎む事も知らなかった。従順で、拒む事もなかった。
「だから・・・」
「泣いてねェから哀しんでいない、なんて俺はちっとも思わねェ」
「ひじか・・・・・・」
急に身体が柔らかくて温かい感触に包まれて、俺は抱きしめられたんだと理解した。
トシと同じ姿をした、土方に。
ぎゅっと隙間無く抱きしめられて息が止まる。
「・・・もっと」
「ん?」
「もっと、ぎゅってしてくれる?」
すぐに土方は俺を抱きしめる腕に力をこめてくれた。
骨格がぴったり合う。
俺の為にあるみたい、なんてうぬぼれを男に抱かせそうな凄ェ気持ちいい身体。
土方はそれから暫くの間、俺を抱きしめて離さないでいてくれた。
ただぎゅっと抱きしめていてくれた。
こどもか好きな奴にするみてェに。
こんなことが長く続くわけはない。だけどせめて少しくらい、人並みのしあわせってモンに触れていたって良いだろ?
ずっと二人きりだったんだから。
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