美しい日々





わかってないなぁ。

そうやって目を伏せて、可愛い顔して。生真面目でお堅いお前は俺との関係に色々色々いっろいろ思うところがあるんだろーね。
俺は失うものなんてなぁんにもないけど。
諦めなよ俺に惚れてるんだろ。
お前はいっつもがんじがらめだもんね。そいで自分でもその状態を欲している。
無意識に。
深い所では。
それって自縄自縛っていうんだよね知ってる偉いだろ?
社会的身分も体裁も親友の信頼も可愛い部下の羨望もエトセトラエトセトラ。
お前は高嶺の花だから。
誰もが触りたくて誰も触れない。大事にしすぎて大事にされすぎて。
夢のようにお前は綺麗で純粋で可愛い。でもお前は俺からは逃げられない。
お前は俺を心底愛しているからどうにもならないであがいてもがいて怯えてる。
俺はそういうのがたまらないんだ嗜虐的なヨロコビ。
おれは生粋のサドだけどお前が不安が高じて当り散らすのを受け止めるのは好きなんだ不思議と。
だってお前が振り回した刀で傷つくのはお前であって俺じゃない。
それから泣くお前を慰めて抱きしめてあげる。
お前は傷つくファクターにすがる矛盾を痛いほどわかっている(頭がいいから)
でも最後には流される(頭がいいのに)

だってそれが愛の持つ矛盾で、
それが愛そのものだから。


今日はデートなのでそろそろおでかけ。
お前は苛々苛々しながら可愛い顔でそわそわそわそわ俺を待つ。俺を待つお前を見るのも好きだ。
周りの人間がみんなお前をちらちらちらちら見ているのにお前の頭の中は俺で一杯で死ぬほど気分がイイ。


これが幸せでないなら
何をしあわせというんだろう。







たまには家に来ない?
電話口でそう告げられた。
そういえばあまり万事屋には行かない。俺とアイツが会うのは大抵が外で、俺はあいつのテリトリーに
殆ど上がらない。まだ、何となく遠慮があるのかもしれない。

もちろん嬉しい。当然だ。ずっと好きだったんだから。





目覚めると同時に訪れる緩い眩暈。
低血圧気味の脳内が揺れる錯覚。
ゆっくり起き上がる。
入室許可を出すと控えめに山崎が部屋に入ってくる。

起き上がる、がふらつく。
支えたそうにする山崎に頭を振って制止する、がまた眩暈。
もう一度、今度は歩き出してふらつくが、今度こそ踏みとどまる。
やっぱり支えたそうにする山崎に今度は手を振ってやんわり断る。
差し出されたタオルを受け取り洗面所に向かう。
部屋に戻ると寝起きのよくない俺に控えめな動作で温かい緑茶を差し出す山崎。
ゆっくり飲んでから少しだけ回転をしだす頭。


着替えを手伝いながら山崎が今日の予定を復唱する。
応じながら上着を着せられて、頭の動きが随分と早くなってきたことに安堵する。

朝食はあまり食べたくない、が確か昨日の山崎は仕事に出ていない、となれば。
「朝は用意しましたよ」
なら、食べる。
告げると笑って退席する。前日の仕事が忙しくない日は山崎が俺用に朝の膳を作るから。
まかないが不味いわけではけっしてないけれど。

純和食の献立。一品ずつ小さく盛り付けてあるこの膳は好きだ。
もともと朝は大量に食べられない、が食事の資本は朝だという教えがある。
「今日は良い天気ですよ」
うん、と頷く。
朝の空気が澄んでいるから何となくそんな気はしていた。


食事をゆっくり楽しんでいるとけたたましい声と足音がする。

朝から、テンションが高い。ついていけない。
今から夜のことをいってどうするんだ、と思うが愛する女性のためなら皆そういうものなのかもしれない。
愛情は人を惑わせるから。

溜息。おどおどする眼前の上司が少しだけ可愛い。
別にいまさら。
彼女に惚れこんでいるのはわかっているし、怒りはしない。
彼女は良い女だ。上司の想い人じゃなかったら、店で名指ししたかもしれない。
目の前の膳のような気遣いは望めなくても、いい女だということは疑いないし、上司を愛してくれたらいいな、と思っている。
・・・無理かもしれないけれど。
溜息。
またオロオロする上司。
これは彼女を考えて連想してしまった人物に、あるいはその人物に対する自分自身の思考についた溜息だから気にしないでほしい。
わかりきっている山崎だけが笑って食後のお茶を入れてくれる。

まだほんの少しだけ、眠たい。




お昼に家に来て、という申し出に諾と返答をして通話を終える。
何を買っていこうか、少し考える。
子供の好きなものと相手の好きなものが同じであるということは助かる。
皆で、という理由でどうしても甘味の類になるが相手は喜ぶから。
甘いものは見て楽しむくらいでそんなに口に入れたいとは思わないけれど。

先月もらった有平糖の花菓子が浮かんで、決める。
とても綺麗だったから。
特にあの少女は喜ぶだろう。

店を訊ねておいて良かった。
場所を告げると運転手をする優秀な男はカーナビを駆使して店の前まで運んでくれる。

相変わらずよくできた男だと思う。
余分に買ってよくできた運転手に渡すと礼を言って笑う。
笑う顔が童女じみていてなんとなく可愛い。
有平糖の花菓子もきっと似合う。
「迎えは連絡を」
頷いて車を降りる。
そういえば送迎を山崎にさせることに良い顔をしないんだった。
でももうしてしまったんだから仕方ない。
大体自分で運転するのは疲れるから苦手だ。
階段を上がって男の待つ部屋に向かう。

ふと、見上げると空は快晴。
今日も良い日になるだろう。



いじわるだけど恋に夢中の銀さんと、色々夢みる土方さん。


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