その手紙を読んだのは本当に偶然だった。

リビングのテーブルの上に何気なくおかれていたエアメール。
十四郎宛だとすぐにわかったが、ばら色の便箋と強い花の香りのする特殊紙が目を引いた。
その手紙はこんな書き出しから始まっていた。

(……愛しのエイジアンビューティへ)

なんだ、これ。

(元気かい、おれたちのエイジアの妖精。
この間は楽しかったよ。君は一段とビューティになっていたね。皆が君を見ていたっけ……
また仕事で日本に行くことになったから、君に是非逢いたい………)

「金時?」
十四郎の声が背後から聞こえて、沸騰する頭と鉛を流し込まれたような腹の底を抱えたまま、
俺は努めて笑顔で振りむく(出来ていたかはわからない)。
「…どうした、ってああ…」
近づいてきた十四郎は少し笑いながら俺の手元を見た。
「昔のルームメイトからだ。中身見たのか」
「……悪い、ちょっと」
「気障だからな、凄い文面だろ?男の俺にまでこうなんだからフランス男は違うよな……
ところで今度の夜、空いていないか 」
「…空いてる、けど」
無理やりでも空けるけど。
「お前を紹介しろってうるさくて」
十四郎はちょっと照れたように俺を見て可愛く笑う。
手紙を差し出されて、続きを読む。

(……この間メールに書いてあった、君の同居人にも是非会いたいね。
君のハートを射止めた男だ。どんな素敵なサムライ が出てくるか楽しみにしてるよ)

十四郎は微笑みながら俺の手を引いてソファに座らせる。
「留学中は三人で住んでたんだ。ニューヨークのアパルトマンは広いから。家賃も助かるし、俺は英語以外にフランス語を生で教わった。おかげでいまだにフランス語と英語がごっちゃになるんだけど…」
立ち上がって、アルバムらしきものを一冊棚から取り出すと、そのふたりの写真らしきものを見せてくれた。
「…こっちがclaude(クロード)。気障で気持ちの良いフランス男。で左のがalan(アラン)。優しくて思慮深いイギリス人。
ふたりは……恋人だったんだけど、俺に何かと親切にしてくれてさ…凄く楽しかったよ」

「アジアンビューティって?」
「エイジアンビューティ?ああ…懐かしいな……それ、俺のスクールでのニックネーム。小さくていつまでも子どもみたいだって。東洋人が珍しいわけでもないだろうに、皆で俺をからかって酷いだろ?」
「ふうん……」
いや、多分お前がすげぇ綺麗だからだろ。どうみても褒め言葉だ。
「俺だって170以上あるんだぜ?そりゃ、皆は180ゆうに超えてたけど、アジア系にしちゃ俺だってデカイほうだって言ってるのに、皆全然納得してくれねェんだもんな」
十四郎は俺の腹の中の嫉妬になんか微塵も気付かず楽しげに話し続ける。
「ああ、3人で撮った写真だ」
覗き込むと、十四郎の過去が映っている。
綺麗な浴衣を着て、お人形のように綺麗な顔で十四郎はソファに優雅に座っている。脇に甘い笑顔を湛えた男がふたり、まるでお姫様に傅くナイトのように控えている。写真だってのに、正面を向いているのは十四郎だけで、ふたりの視線は十四郎に注がれている。
十四郎はめちゃくちゃ可愛いが、俺はとても面白くない。
自分のお姫様に他にもナイトがいるってのは、心強いどころか腹立たしいもんだ。



「サムライ、ね」






クラブ万事屋のVIPルームのソファに腰を下ろした神楽は赤い唇を面白そうに上げながら囁く。
「金ちゃん、どしたの?なんか気合入ってるアル。店に来る女みんな金ちゃんにアルファロメオ買いたくなるネ」
と、すぐに神楽の為に飲み物を持って、音を立てずに扉を開けた新八も同じようなことを言う。
「…金さん、何かお客様皆にマンション買ってもらえそうな顔してますね、何事ですか」

「そう?そりゃありがたい。なんせフランス男とイギリス紳士に張り合わなけりゃいけないんでね」
不思議そうな顔をした新八とは裏腹に神楽がにやりと笑う。
「ははーん、土方のことアルな」
すると合点がいったのか、新八は業とらしい溜息をつく。
「金さんが本気になるのって土方さんのことだけですもんね…少しはその気合を普段にも…」
ぶつぶつ文句を言う新八を置き去りに神楽は飲み物を飲んでいる。
「愛するハニーの見る目が無いなんて言われたら、俺責任とってサムライらしく腹切らねェといけないんでね」
「サムライ?ですか」
「そう、アジアの妖精を護る侍」
もっとも、俺の愛しのアジアンビューティは、自身もまた実に見事なサムライソウルをお持ちなんだけどね。


「十四郎、今日は和装なんだね」
帰宅した俺を迎えた十四郎は爽やかな水浅黄の着物がきまってる。細い手足と、何よりも折れそうな腰がセクシー。
十四郎の和装はとにかく目立つ。似合いすぎててこっちは周囲の視線を跳ね返すのに必死。
女の子たちが俺とセットの十四郎をきゃあきゃあいいながら見るのは構わない、俺だってホストなんだからお客予備軍にはアピールが必要だし。が、大の男がじろじろ見るのは赦せねェ。
ぽーっと釘付けになる思春期のガキにも勿論容赦無し。
なんせガキは思いつめると何するかわからねェ。
前に一度十四郎と歩いていたら、高校生くらいのガキが十四郎に走りよって分厚い手紙を押し付けて走り去った。中には十四郎の綺麗さとソイツの想いが寒くなる勢いでつづられていて俺は速攻でその忌まわしい紙切れを…。
「金時?」
十四郎が俺を見つめる。綺麗な黒々とした目が瞬く。
「…お前に見惚れてた」
呆けたように呟くと十四郎は呆れたように笑った。
「嘘ばっかだな、お前の視線、泳いでた。何か悩んでるのか?」
嘘じゃない。出逢った頃からお前に夢中だ。でも、いつもロクでもない想像が頭を回る。俺の過去がお前を、って。
なのに、俺のアジアンビューティは俺だけを見て、周囲の視線なんか全然気にしていない。
「いや、本当に見惚れてるんだ」
もうずっと。





「トウシロウ!!!」
前からド派手な金髪に高そうなスーツの男が走り寄ってきて十四郎に抱きついた!
「元気だったかい!トレビアン!!あぁまたビューティになったね…」
「逢えて嬉しい、クロード」
抱きしめたまま挨拶、として頬に軽くしたキスに十四郎も返す。自然な流れで、それが何度もなされているものだとわかる……あんまり近づくなよ!
「こんにちは」
流暢な日本語で話しかけてきたのは噂のイギリス紳士。
こちらは線の細い上品な美形。が、写真よりガタイが良い。
「アラン・ウィリアムスです。お会いできて嬉しいです、トウシロウのサムライさん」
にっこりと笑った男は俺と軽い握手をすると、自分もまた十四郎に腕を広げた。こちらは礼儀正しい挨拶の抱擁。
「ボンソワール、素敵なサムライ殿」
フランス男は大股で近づくと金時に片手を差し出す。
「ご機嫌麗しゅう、色男さん」
俺も笑って手を出して、ふたりして強い力で握り合って握手。
ああ、コイツ結構強いな。
手を握った感じで何となく、相手の力量はわかる。



予約していた店で食事をしながら、もう一度簡単な自己紹介をしあって、それから店のテラスへ出る。
外ではジャズバンドの生の演奏と酒が用意されていて、さらに先に広がる景色は海。
なかなかのロケーション。
演奏者の傍にイギリス人と十四郎が近寄っている間に、フランス男は俺に三人の出会いを話しだす。
「………俺たちが通ってたスクールでちょっとした事件が起きたんだ。いきなり入ってきたのがラリったヤツでさ、ナイフ出して奇声を上げるも んだから皆凍りついて。銃じゃなかっただけマシかな?でも運悪くトウシロウが入ってきて…トウシロウ、ちっとも動かないも んだから俺は正直ビビッて固まったと思ってた。泣き出さないのが不思議だって思ってたね」
フランス男は片目で気障なウインクをする。
「君は知らないかもしれないけど、トウシロウ、今はゴージャスでビューティだけどあの頃は幼くていたいけで、少女みたいだったんだ。お人形遊びでもしてそうなね。しかも傍によるといい匂いがするんだよ。クラスでもちょっとした有名人でね。
俺は可愛い子が大好きだから助けに行こうとおもったんだけど、まったくお呼びじゃなかった。あとでわかったんだけど、トウシロウが動かなかったのは相手の挙動を見ていたんだってね」
フランス男は大げさに手を広げて驚きのジェスチャーをした。
「ソイツの動きがスローモーションみたいに見えた。ノロいんだよ。トウシロウの蹴りはさ、見えないんだ」
男は長い優雅な足で架空の敵を蹴りつける動きをした。
「……何かを思い切り潰すような音だけが聴こえて、ラリったヤツは気がついたら床に倒れてた。凄かったよ。一撃必殺っていうんだっけ? 興奮したね!ああ、後から聞いたんだけど、その男は鳩尾と肋骨を折ってたらしいね。少女みたいにただ綺麗で無垢なだけのエンジェルだって思ってたからさ、眺めて楽しむだけにしてたのに、あれでトウシロウが欲しくなった」
欲しくなった、って十四郎はお前のものじゃないぜ、オニイサン。
「同居はアンタから?」
「ああ、そうさ。アランも賛成してくれた。アイツも綺麗なものが大好きだからね。それに、昔親切にされたせいで日本人が好きらしいんだ」
「アジアの妖精ってなに?」
フランス男はああ、と笑う。
「人を一撃で沈める子にエンジェルは無いだろ?それに俺のエンジェルはアランだからね。だからトウシロウは妖精なのさ」
「色男サマ、あの子は俺のだよ」
「そうだろうね」
「あのイギリス紳士が恋人なんだろ?」
「俺たちはふたりともトウシロウを愛してるよ」
「アイツはそういうの駄目だ」
バイセクシュアルに特に偏見は持たないかわりに、重婚も一夫多妻も一妻多夫も不倫もノー。浮気や愛人なんて単語は頭の片隅にもありゃしない。一途で真っ直ぐでおそろしく純情。
「……そうだろうね」
フランス男は気の多そうな目で周りの女やちょっと美形のギャルソンを眺めた。
「トウシロウのテイシュクには俺も驚いたよ。あの顔ならもっと遊んでるだろうって失礼ながら思っていたのに、俺が他の女の子をアランの前で口説いたら、ものすごくびっくりしてさ。
自分の方が傷ついたみたいな顔をしてるんだよ。で、アランも驚いてた。俺のは挨拶みたいなものだからね。
どうしようかと 思ったよ。完全に悪い大人の気分だった。まるでダディの浮気現場を見たベイビーみたいな哀しげな顔だったんだ。おかげ で俺は初めてアランにこってり絞られた。妻が裁く罪は浮気そのものじゃなく、浮気現場を娘に見せたこと、さ。笑っちゃうだろ?だからトウシロウは俺たちのいわばベイビーなんだよ」
男はそう言うとふっと笑う。
「トウシロウは相変わらず一途で純情だね。アンタを見る目がきらきら綺麗で、見てるこっちがたまらない。あれは間違いなく恋をしているね」

フランスの伊達男はにっこりと極上の笑みを見せて場の空気を甘く溶かす。まるで100万本の薔薇の花束のような甘い笑み。
あらゆる客の視線を一身に受ける4人組の中でも、女の扱いには手馴れているのが丸わかりの確信犯の微笑みだ。
が、やはり素人と玄人の差か、受けて立つ歌舞伎町ナンバーワンホストの坂田金時のゴージャスな笑みに、客は一瞬息を飲む。まさしく100万ドルの夜景のように華やかで、こちらは玄人なのでラグジュアリーでもある。
少し影を纏った金時の笑みの美しさを、言い表す語彙を日本の女たちは持ち合わせていない。
どこか危険な匂いのする微笑だ。

それから、十四郎が演奏を終えたバンドのひとり(60くらいの人の良さそうな爺さんなんでまぁ、赦そう)に話しかけられている隙に、イギリス人は耳打ちする。
「只者じゃないって思っていたけど、貴方は本当にただのホストですか?」
金時はやはりゴージャスな笑みでその問いを黙殺した。

「可愛いトウシロウは、俺たちの大事なブラザーなんですから、貴方のように危険な人、警戒しますよ」
少し癖はあるが流暢な日本語を操りながらそう言い、眇めた目で金時を見つめる。

「あの子を愛してる」
「それはわかります」

でも、とイギリス紳士は続けた。
「貴方、東洋人とは思えない。髪の色だけじゃなくて、そう、まるで軍人みたいに屈強な体なのに、軍人よりも危険なにおいがします」
「ジャポンに兵役はないだろ」
フランス人が口を挟んだ。
「兵役が無いからこそ、怖いのです」

勘がいい。良すぎるくらいだ。
でも俺の愛する人の身を純粋に案じているのだということはわかって、さすがに腹は立たなかった。

「あの子を傷つけるものには容赦しないつもりだけど」
とん、と指先を鳴らす。
「トシが俺を捨てたら、俺死んじゃうかもしれない」
一瞬の沈黙の後。

名残惜しそうなバンドに手を振ると十四郎が戻ってきた。
外にも用意された席に座った俺たちはそれを見つめる。
この辺でも珍しい着物姿の優雅な振る舞いに見惚れたギャルソンは一瞬だけ椅子を引くのが遅れた。気にした様子も無く十四郎は座るとギャルソンに軽く微笑んで礼の代わりとする。
「いい夜風が吹いてる」
十四郎はそう言うと笑う。
俺はその控えめな笑みに何よりも心を囚われる。
非売品の極上の微笑みだ。
ふと、十四郎が俺を見て、一瞬黙った。
「金時、お前の髪、すごく綺麗だな。光が……光が反射してきらきらしてる」
俺の天使はそう言うとふっと微笑んだ。

それから二人と別れて、家に帰った。
フランス男はにっこりと笑いながら、サムライなら今日はせめてあの子を抱くのはナシにしてくれよ、
夜にラブコールをする予定なんだ。などと抜かしたので軽く睨んでおいた。(イギリス紳士にこずかれていたが)




ぐるぐる考える。
生まれ、血。異国の空気。
俺は正直東洋人かどうか危うい。
生まれも血も、知らねェ。
女にゃハーフはやっぱ綺麗だってよく言われたが、正直それも良く分からない。
確かに仕事柄知り合ったハーフやクォーターには男女問わず美形が多かったけれど。
でも純粋な血の生まれってのは、極めてしまえば気が遠くなるくらい綺麗なもんだ。
しかも血が近ければ余計に、ある確率で危ないヤツと、信じられねェくらいの極上品ができる。
古代エジプトの近親婚を見りゃ、失敗か成功かの差は天と地。

十四郎の家は代々続く名家で、由緒正しい生まれのいわばブルジョアだ。
艶やかな肌と黒くてミステリアスな目と、豊かな髪。華奢な手足と優雅な骨格。永遠の少女みてェな無邪気な美貌。
東洋人の持つ良さのすべてが結集したような完璧な美貌に、東洋人への幻想に一番多い永遠の処女性を持ち合わせてる奇跡みてェな生き物。

や、俺と知り合わなけりゃ、永遠に処女、だったわけだが。
ごめん、十四郎。
俺はなんだか悪い大人の気分を噛み締めて、髪を下ろして幼く見える、風呂上りで良い匂いのする十四郎を見ていた。
俺の視線に気付いた十四郎はちょっと照れたように笑った。
いやらしい俺の内心には多分いや絶対に気付いていないだろう清廉な笑みだ。
「今日は楽しかった」
十四郎はご機嫌にそう言うと髪を乾かそうと立ち上がる。
その手を掴むことで動きを制して、頭にクエスチョンを浮かべたお姫様に笑いかけながらドライヤーと新しいタオルを持ってくる。
「乾かしてあげる」
「な、」
「いいでしょ」
「……わかった」
しぶしぶ頷いた十四郎を開いた足の間に座らせて抱きすくめるような格好で髪を乾かしだす。
耳が赤いのは多分錯覚じゃない。タオルドライしながら、
「いい匂い」
すん、と鼻を鳴らすとぴくりと十四郎が身動きした。
「相変わらずさらさらだなぁ」
髪を優しく触っていると十四郎が少し振り返って唇を開く。
「っ、おまえ、何か触り方がやらしいんだよ」
そんな赤い顔で睨まれても、ねェ。
「えー誤解だよぅ」
嘘。やらしくしてますよ。こんな可愛い頭にイタズラしないでどうするの。
大体髪も性感帯だなんて、国宝級にやらしい身体のお前もいけないんだぜハニー。
この体勢だと胸もアッチも可愛がり放題じゃね?
まだまだ夜は長いし。
湯上りに他の男からのラブコールなんて出やがったら電話線切断してやるぜ?
「……髪まで、感じる?」
耳元にわざと息を吹き込むと今度こそびくりと十四郎が震えた。
耳もだよね。
「ゃ……」
「だめ」
何が駄目なんだ、と振り向きざま怒鳴ろうと土方が開いた唇を強引に金時が塞ぐ。
息をつかせない強引なくちづけ。
「ぁ……んァ……」
舌をちゅっと吸ってから解放してやると十四郎がぼうっとした表情のまま俺を見つめた。
「も、諦めろよ」
傲慢な物言いに腹を立てたのか(十四郎は男としてのプライドとやらが極めて高い)唇を噛み締めた十四郎に構わず、胸元に滑らせた指で突起を引っかくと抑えた声が漏れる。
「気持ちいいだろ?」
イタズラにくいくいと引っ張ってまた指の腹で押しつぶすと。
俺を睨む目が徐々に潤んできたのに内心で笑いながら口付けを深くした。
肩から差し込んだ手で優しくバスローブを落としながら後頭部を片手で支えてそっとソファに押し倒す。
潤みきった目はもう、泣く準備が出来ているみたいだ。

さぁ、諦めろ。
俺から逃げられるなんて、思わないほうがいいぜ?


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