衝動的三分間




湯気の向こうに見えた顔に脱力した。
「あんた何やってるのよ」
放課後の家庭科室で。

「飯作ってる」
正確にはインスタントラーメン。
たっぷりのキャベツと炒ったゴマとネギにハムがのせられてはい、完成って。

「土方ァ、俺ァ固めじゃねェと喰わねェぞ」
にやにや笑いながら頬杖をついて高杉晋助は楽しそうにその手元を見ている。
このふたり、最近よく一緒にいる。
高杉が真面目に学校に来るなんて珍しい。
河上か来島のふたりが傍にいないのも。

「あんた変わってる」
高杉はあたしに視線も寄越さない。
相変わらず死ぬほど不遜な男ね。
「マヨネーズ入れたら承知しねェぞ」
「美味いのに」
「俺を殺す気か」

ぱきっと割られた割り箸。
高杉がラーメンを結構綺麗に食べてる。
コイツそういえばお坊ちゃんだっけ。

「家庭科室で何やってんのよ」
「許可ならとってあるぜ」
土方が指差した先、鍵がきちんとステンレス台の上にのってる。
変なトコ真面目よね、あんたって。
どういう言い訳使ったんだか。
家庭科の先生ならそりゃあんたにお願いされりゃきくわよね。
あの色ボケババア。
「な、美味いだろ高杉」
「ま、悪くねェな」
食べるの早いところはなよっちくてもやっぱ男ね。
欲しくて見てたんじゃなくて呆れてんのに。
「喰うか?」
ね、土方、アンタ視線だけ動かすの癖なの?
睫毛長すぎ。
いちいち色気ありすぎてムカツク。
銀さんが、この目に弱いって言ってるの聞いてから、あたしもやってみようと思ってるけどうまくいかない。
どうしたってわざとらしくなるし。

「ダイエット中」
銀さんが、妙さんみたいな貧乳が好みなら、痩せれば胸が小さくなるかもしれないし。

「瘠せる必要あんのかよ」
「大ありよ、銀さんが貧乳好きなら従うまで」
「………」
土方は驚いてか、目を見開いた。
高杉が初めて喉で笑ってあたしを見た。

「アイツが?デカイ胸の方がいいだろ。あの即物的な下半身野郎」
「だって妙さんが……」

高杉は真顔で
「タエってだれだ」
なんて土方に聞いてる。
流石王様。
他人に興味なんて無いのね。

律儀に説明してる土方の話、耳を貸してるけど内容はスルーってカンジね。
邪魔しながら遊んでる高杉は楽しそう。
こいつがこんな風に笑うの初めて見た。
このふたり意外と仲が良いのかもしれない。

「っつーか、なんか、お前、すごく健気だな……」
土方が吐息のように呟いて、呆れたようにでも困ったように見える顔でわらった。
しみじみ。
それは、馬鹿にしたようなものじゃなくて、心底からの言葉だというのがわかって、あたしは怒れない。
土方が女子に人気があるのは、こういう何気ない部分の無防備さもあるんだと思う。
性格がいい奴なんだってことくらい、別に認めてあげたっていい。
全然性格が良くない高杉が少し、口元だけ上げて、
多分笑ってるんだろう表情になってから土方の頭をぽんぽんと二度たたいた。
土方はびっくりしたみたいに瞬きした。
可愛い、って高杉が態度で言ってるのがあたしにはすぐわかる。
でも土方には伝わってない。
ある意味流石。

高杉は徹頭徹尾あたしに関心が無いから平気でいちゃつく。
たいした男よね。
別に、だからって言いふらしたりしないけど。
あたしにとっては銀さんがぜんぶで、高杉なんか銀さんの付属品だし。


「喰ってけよ、おまえ、瘠せすぎるのなんて似合わない」
あっさりそういうと土方は二つ目の麺を茹で出す。
いい匂い。


「……あたし、ラーメンに入ってる野菜、あんまり好きじゃない」
「じゃ、少なくしとく」

手持ち無沙汰だから座って、思ってたことを口にする。
「なんでラーメン?」
「高杉が喰ったこと無いっていうから」
「……どんなお坊ちゃんよ」
ていうか、問題はそこ?
そういうことじゃないと思うけど、ああ、アンタにんなこと言っても無駄だったわね。
食べたこと無いから、食べさせてあげようと思ったの?
何それ。
なにその発想。

「お嫁さん?」
土方が不思議そうに菜箸を掴んだ手を止めた。
高杉はへぇって言いながらにやって笑ってる。
コイツ、絶対ヤバイわね。


「ほら、熱いぞ」
差し出す手は白くって、綺麗。
この手で作ったものなら、多分、女の子は毒だって口に入れる。
アタシはそれを黙ってみるだけ。
だって、アタシの王子様は一人だけ。

「アンタ、喰われるわよ」
高杉を睨んで、この間の靴のお礼を込めて忠告してやったのに。
「喰われるも何も、喰ってけって言ってるだろ。麺はまだあるし」

そういう的外れな所どうにかしなさいよね。
ま、確かにお腹空いてたから美味しいけど。




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