河上万斉は覚悟を、土方が予想しているのとはまったく異なる覚悟をして、
電話で連絡を入れた。
彼の王はそうか、とだけ言い、いつも通り唐突に通話を終えた。

ツー、ツー、と機械音が無慈悲に死んだ通話の名残を引きずる。
まるで今までの世界が切断された音のようだと河上は思った。


それからわずか数分後。
あまりの凄まじい音量に、それが硝子が割れる音だとは瞬間的に河上には判別がつかなかった。
雷鳴にも似た凄まじい音を立てて、メタリックの見慣れた光沢のボディと、きらきらと空中に凄まじい数の光が舞った。
いびつな無数の光は音を立てて舞い、落下音は毛足の長い絨毯に吸い込まれ、辺りは銀色の光に包まれた。
特別仕様、Sクラスのメルセデスに乗ったまま高級ホストクラブの壁面硝子に突っ込んだのは、
後にも先にも高杉晋助だけだろう。
美しさを優先にしたために強度が犠牲となったクラブの内装は、装甲車の如き強度を誇る麗しの帝王車によって一瞬で原型を失った。

普通、あのメルセデスをおしゃかにするでござるか?!

オークショニアも絶賛した超高級車の惨状も、周囲の粉々の破片と狂態にも眉一つ動かさず降り立った高杉はそのまま44マグナムを坂田金時に向けて乱射した。
また、唸り声と光の落下。
化け物じみた反射神経でそれをかわした坂田金時はそのままスーツを撥ね上げてやはり所持していた改造銃を晒し、
2カウント目には反撃。
土方の前ではしなかった動きだった。
愛する可愛い子のためにちょっと撃たれてやろうかと思っていたのだと、後に真顔で彼は語った。


河上万斉は、こどものようにその場にしゃがみこんでただ目を大きく見開いた土方の身体を背に庇いな
がら、飛んでくる破片を無造作になぎ払った。
土方の右腕の地味な男…山崎がやはり素早く彼の為にコートを着せてやる。
ただいとけない姫のように呆然としている女王に、彼の犬たちもやはり待機したまま、現場の凄惨さを遠
巻きに眺めることしか出来なかった。
化け物がやりあっているのだ。
生身の生き物じゃ手出しはできないだろう。
弾がきれ、双方舌打ちと共に、割れたドンペリニヨンのビンを殴打に使うホストと、愛用のスイッチナイフ
を鮮やかに振り回す帝王に、周囲は青ざめた。
本人ではなく周囲の家具や絨毯やカーテン、とばっちりを喰らった人間がズタズタになった頃、
化け物ふたりがやっと止まる。

しゃがみこんだ土方がぽろぽろ泣き出したからだ。
スイッチナイフをスーツに収めると、高杉がゆっくり歩いてくる。
怯えたように肩を震わせた土方を庇うように、山崎は肩に手を置いたまま高杉を見上げた。
ぴたりと、高杉が足を止め、山崎をじっと見る。
山崎は震える心を叱咤しながらそれをそのまま受け止める。
意外にも、この男にしては大人しいといえる表情で、高杉はその手を外せと視線で促す。
山崎退は、少し考えた後、愛用のベレッタを高杉に向けたが高杉は顔色一つ変えなかった。
それは不快なものではなかったのだろう。
山崎の頭の中には土方を今この場で護りたいということだけがあった。
それが高杉晋助という男には直にわかったからだ。
高杉の行動規範に土方を傷つけるなどということが万に一つも無くとも、それは高杉の思考であって山
崎の知識ではない。
とすれば、山崎の知識内では土方に牙を向く可能性のある人間に、予備動作として殺しの標準をあわ
せておくことが山崎のできる最良の選択だ。
高杉はバカは殺す価値が無い、ではなく殺される価値しかないと思うタイプの独裁者だ。
しくじれば命が無い選択を山崎は見事にクリアした。

そのまま、高杉は膝をついて座ったままの土方に目線を合わせた。
傅く騎士のように厳かに。
「十四郎、俺ァ、な、」
囁くような声で、座り込んだ土方の手を、そっと包むと口付ける。
「おまえを愛してる」
優しく高杉がそう言って、土方は今度こそ嗚咽を零した。






あれから、一ヶ月。

今までの分を取り戻すのだ、そう言いながら坂田金時は真紅のバラを持って毎日のように土方に逢いにくる。
高杉は鼻で笑うが止めはしなかった。
もし、ここで追い払ってしまえば、また十四郎から何かを取り上げることになる。
そう、言っていた。


「金時なんかより、俺の方が断然イイ男だろう?ん?」
ぞくりとするほど雄の色気のある表情と低音で鼓膜を擽られて、土方は射すくめられた小動物のように固まる。
「……っ」
逃げようと小さく足掻くが高杉はそんな可愛い抵抗を片手で抑え込むと、また耳元で囁く。
「とうしろう」
「………知らねェ」
やっとぶっきらぼうにそれだけ言うと黙り込む身体を抱き寄せてその髪を片手で優しく撫でた。
「はは、ご機嫌斜めなお前も悪くねェ」
唇で瞼に触れるとまた、怯えたようにぴくんと身体が揺れた。
睫毛が震えて、眼が潤んでいる。
泣くのだろうか。
「いちいち可愛いなァ、おまえはよ」
従順である必要など無いのだ。
もうすべてを愛しつくしている。
お前が。
人殺しでも化け物でも天使でも悪魔でも鬼でも男でも女でも人でもヒトでなくても。
そんなことはどうだっていいことだ。

初めて逢ったとき、お前は俺を護ろうと、自分から俺の闇に降り立った。
巻きつけていた白いシーツはやはり天使の羽根だったのだと今も本気で思う。
お前は俺の世界に組み込まれている。
お前は俺を救った。
そんな綺麗な心に面と身体を持ち合わせて、どうして俺がお前を愛していないと思い込むのか教えろ。
俺を愛していると泣き叫ぶ健気さ、従順になろうとしてしくじった幼さを可愛いと思わないほうがどうかしている。


これから、愛しているとおまえが嫌になるくらい囁いてやる。
おまえは本当の意味で俺のものになっちまったんだ可哀想に。
可愛くて綺麗で賢くて、幼い。
おまえがもう少し大人の男になったら、今度は違った遊びをしよう。
一生俺がおまえを護るから、ここに居てくれよ。
いいだろ?
あんな熱烈な告白をしたんだ。
古風だが、いい表現だな、責任とって俺に嫁いじまえ。
おまえはもうどこにも行けねェぜ?


さぁ、覚悟をしてくれ十四郎。
おまえを愛させてくれ。

このかわいそうなおとなのために。



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