Someting blue.



久しぶりの報告会があり、
土方はオフィスビルのような外観の建物の会議室を出る。
組織の形がずいぶん変わったが、
土方の地位もまた、上に変化し続けている。
スーツを着用する必要性も増えた。
セクションごとに区切られた建物のどこへ行っても緊張されるだけの地位になってしまったが、
ある程度自分で現場を把握し、情報を収集しておきたい性質は変わらない。
土方に呼ばれた若い男は、
土方が噂以上の美貌で傍に居るだけで死ぬほど舞い上がっていた。
直属の上司よりも遥かに高い地位の男、の職業にあるまじき美貌。
周囲が土方の存在で畏怖を含め遠慮がちに、
しかし耐え切れずざわめいているのがすぐにわかる。

そして。
「土方さん、久しぶりです。送っていきますか」
チャリ、と沖田総悟が片手でキーを揺らす。
はっきりと、女子職員の空気が狂乱するのが、若い男にも手に取るようにわかった。
「悪ィな、ちょっとこの人と久しぶりに話がしたいんだ」
まったく意に介さず、突如現れてさらりとした金色の髪を揺らした沖田が言う。
男は『あの』沖田総悟に話しかけられ、緊張のあまり上擦った声をあげた。
「あ、いえ、はい、かしこまりました!」
直立不動になった男に土方は苦笑する。
とん、と緊張を解くようにその肩にそっと触れてやると、
しかし男の心臓は未だかつて無い音を立て、眩暈を引き起こした。
どちらも、この仕事には相応しくない容姿。
二人が連れたって出て行くそのあまりに美しい光景に、
みな言葉もなく見つめるしかなかった。



私用の派手なスポーツカー。
その助手席に座った土方をミラー越しに見て、
沖田は内心微笑む。
「飲みやすかィ?」
流行のコーヒーチェーンの紙袋を差し出す沖田に素直に土方は礼を言う。
「まだ熱いくらいだ、」
意外そうに言われ沖田が褒められた犬のように可愛らしく笑う。
三十路を過ぎて精悍な顔つきになったが、それでも土方の前では子どもに戻ることを
本人は気づいていない。
「冷めねェように、すっげぇ熱くしてくれって頼んだんで」
蓋を取らずに口付けた土方の横顔を見て沖田が笑う。
「どうしたんだ」
「…いえ、昔…それを俺が蓋を開けて飲んでたの見て、
そうやって飲むんだってアンタ、俺に教えたんだったなと思い出しやして」
「そうだったか?」
「ええ」
土方は少し考えるように首をかしげた。
長い睫と、シャープな頬、少しだけ優しさを感じさせるようになった目元が、
土方の美貌により一層の色を与えている。
「俺はアンタに言われたこと、全部ちゃんと覚えてやすよ」
だからちゃんと良い男になっただろィ?
と悪戯っぽく囁けば土方はふっと悩ましげに笑った。
「そうか」
「アンタと近藤さんに育てられたようなもんでしたね」
「…かもな」
他愛無い話を続けながら、悪くない運転テクニックだ、
と土方は沖田の有能さを嬉しく思った。
「アンタ今、幸せでしょう」
「…ああ」
少し前はよく沖田は聞いた。
アンタ今幸せかと。
それが何時からか、幸せの確認になった。



パーキングに車を停車しようとした瞬間。
「あ、」
沖田が声をあげた。

助手席側の窓ガラスを覗き込む視線、
土方と見つめあうこと数秒。
コンコン、と指の腹で硬化ガラスを叩く銀時に助手席の土方が笑った気配。
すぐに土方はドアを開け、
当然のように銀時は土方が降りやすいようにドアを逞しい腕で支えた。

「なに、二人で」

器用に車を停め、沖田は運転席から出ると銀時を暫く眺めた。
二人きりで食事は延期になりそうだ。
余裕の表情の銀時に沖田は内心で軽く溜め息を吐く。
どうしようもなく目立つ輝く銀髪が当人そのもののように好き勝手に散らばっている。
それが女にしてみれば、このただならぬ空気を纏った男の数少ない気安さに感じるだろう。
無駄の無い鋼のような肉体をゆるやかな着物に隠し、やわらかく口元だけで笑む銀時の姿をじっと見て、
沖田は僅かな焦燥を覚えた。

歳を経るごとに、まるで刀のように研ぎ澄まされていく銀時の身体には
もはや無意味なものなど無いのではないかと思う。

動きは静かで、だが圧倒的な迫力に満ちている。

強い。

沖田は銀時と逢うたびに思い知らされるのだ。

土方がするりとその横に立ち、唇の動きだけで空気をさらに溶かす。

・・・酷く目立つ。
漆黒と白銀の対照的な組み合わせの、
どちらもどうしようもなく暴力的に魅力のある男。
同じ背丈、武道に秀でたもの特有の美しい立ち姿。
まるで初めからそうであったようによく馴染む、一対の絵の様な佇まい。

溶け合って一つになってしまうんじゃないかと、沖田は不安に思った。
土方を置いて行ってくれないか、
となんとなく思う。
そうしたら、自分は、どうしたいのか。

「・・・ハァ」
気だるげに溜息をつくと、
沖田は自分を見ていた女に馬鹿にしたように微笑んでみせた。






その夜の銀時は、
土方の言葉に瞬きを繰り返す。
土方は真っ直ぐに銀時を見て、
静かに。
「散々俺を好きなようにしたくせに」
悪戯のように笑いながら囁く。
「え、それってお誘い…」
「……訂正」
「え…」
「散々俺を好きなようにするつもりのくせに」
例えば、今夜。
そううっとりするような目で言われて銀時は思わずその唇にキスをした。

「なぁ、銀時。俺の願い、聴いてくれるだろう?」
滴るほどに甘い声でねだられれば頷くしかない。







松平も沖田も、すっかりと失念していた。
直情型で激情家、
麗しい見た目に寄らず土方は吹っ切るのが早いのだ。







瀟洒なホテルに併設された格式高い教会。
見事なプロポーションをチャイナドレスに包んだ神楽が傍らの沖田に戯れに話しかけた。
「みな、お前見てるナ」
「アンタが美人だからだろ」
沖田がなんてことは無い、というように平然と言ってのけた。
「言うようになったアルな。土方に何か言われたカ?」
くすりと神楽が美しい目を細めた。
この男がホストが天職、と言われた天使の顔をした悪魔だと知っている。
昔のように殴りあうことはもう無い。
だが、時々、ざわりと互いの血が騒ぐことがある。
強いものは戦いを楽しめる。
だが今日は、今日だけは。
世界で一番綺麗な自分で居たい。


「アンタ、旦那見て泣くなよ」
「お前がそれを言うアルか?」
沖田はやはりその整った顔で笑う。

ああ、互いにもう子どもではいられない。

前を見た神楽がぽつりと。
「トシちゃん、相変わらず凄く凄く綺麗アルな・・・」
「・・・・・・あぁ」
沖田はそっとため息のように返事をした。










鐘の音が鳴り響く。




しん、と水を打ったように静まり返った教会の中、
静かに、扉から現れた銀時は。

目の覚めるような白銀の髪が光を弾き、
睫の先まで淡く輝く。
鍛え上げられ完成された最上級の身体を包むのは純白のスーツ。
タイは同じくシルバー。
光の加減で様々に光沢を放つデザインのシャツにまで、言いようのない色気が漂っている。
まるで、白く燃え上がる炎のように美しい銀時の姿に、
女達は息を呑んだ。


そして。

土方様!!と女たちの叫び声ににっこりと微笑みながら、
その腕を、嬉しくて泣きすぎて腫れた顔を晒した近藤にそっと添えられた土方が静かに銀時の元へ歩む。

磨き上げられたドレスシューズとフルオーダーのブラックスーツに身を包み、
ゆっくりとバージンロードを、
此の世の美しさをすべて囲い込んだような顔で土方は進む。
殺しきれない淡い色気は花嫁というにはあまりに淫靡で。
横顔まで美しく、その繊細な輝きは伏せられた目元に留まる。

すべてが白と黒の対照的な二人。

山崎が泣いてるんだか笑ってるんだかよくわからない顔で、
しかし録画、録音、静止画用、その他あらゆる機器を凄まじい速さで起動させ、
各種アングルの撮影班にインカムで指示。
ライティングは度重なるロケハンとリハーサルにより寸分の狂い無く。
最高のシュチュエーションに最高の被写体。
山崎によって編集されるムービーは最新式の千年経っても劣化しない一級品。
この日のために急遽取り扱い免許も取得した。
愛なんだか自棄なんだか本人にも不明。

山崎に哀れみの目を向けるも、
松平は土方のあまりの見事な美貌に溜息。
しかし。
まさか同性婚の第一号になるとは思わなかった。
しかもこの婚姻は法的に認められている。
制定に尽力したであろう将軍の心中を思えば複雑だ。
だが将軍が息子も同然なら土方は。
初めて出逢った頃の生意気で利発な印象そのままに、
心のどこかで勝手に決めている艶やかな永遠の愛人なので、
やはりそのオネダリには無条件で弱い。
娘を嫁に出したときの喪失感に似ているのは如何なものか。
己も大概だ。
・・・トシの腕を組むのは俺の役目が良かったな、
と少し思ったのは秘密だ。


溜息を吐き、
しあわせに、いや、もうずっとしあわせか、
そう思ってステンドグラスから覗く空を仰いだ。
二人の未来を祝福するように、世界は青く透き通って美しかった。






そして。

近藤が静かに、土方を銀時に引き渡した。
わずかに空気が揺れる。
深い、意味のある沈黙の後。

銀時は唇をほんの僅かに笑みの形にしたまま、
ただ、自らの永遠の伴侶だけをその深く凪いだ目に映し。


向かい合い、二人は見詰め合う。

静寂の世界で。

差し出された土方の手を、
無二の美術品を扱うように受け止め、
銀時は静かにその唇を落とす。
永遠の忠誠を誓う騎士のように厳かに。




土方の手。
俺達のための舞台。
望むべくもなかった永遠を、
お前は強引に手繰り寄せちまったな、そう、銀時は胸中で呟く。

「病めるときも健やかなるときも」

この身が朽ち果てても、
とわに愛し、慈しむことを。

神でなく、
お前自身に、誓う。





Happy end.