She is the last person to say I love you !





「スイカにも匂いってあるのねー」
屋上の風のなかで舞い上がったスカートの裾をあわせないまま、猿飛は言う。
直にスカートから目を逸らして、
プラスチックのスプーンをざくりと突き刺した。
すくいあげた赤い実から果汁が滴って
コンクリートを染めて、すぐに乾く。
蒸発した甘い匂いが広がるような錯覚の中で、ぼたぼたと落ちていく果汁はとまらない。
「あまい」
舌の上で甘い水が滑る。
季節を先にとったスイカは甘くて美味い。
何でもそうだけど、季節外れの大事に育てられた果物は特に美味い。

猿飛が叫ぶ。
「銀さんのばかぁぁぁぁ!!!!」
俺は二口目のスイカを飲み込んでからその叫びの意図を考える。


「ねぇ、銀さんは、本当に妙さんなんかが良いのかしら」
志村姉の顔が一瞬過ぎったが、俺は特にコメントもないのでもう一度スイカを口に入れた。
近藤さんが泣き叫ぶ姿が浮かんで消えた。

「信じられないわ。だってあんな暴力女、おかしいと思わない?」

猿飛は特に俺にコメントを求めていないのか言うだけ言うと座った。
さらさらした長い髪が風に煽られて乱れている。
風で舞うと結構綺麗だ。

「美味しい?」
スプーンを差し出す前にがっと強い力で手を捕らえられて、
口元に引き寄せたスイカに猿飛は噛み付いた。
俺の手首に果汁が伝う。
濡れた口元を拭うと、
「ご馳走様!」
立ち上がってまた手すりから身を乗り出して何か罵声を飛ばしている。
歯型のついたスイカを左手に持ったまま、俺は少しぽかんとしてみた。

こんな荒い女じゃなかった気がしたけど、場合が場合なので腹は立たなかった。
あんだけ好きだ好きだって叫んでる銀時のことなら、しょうがねェ。
でも、多分、何か勘違いをしてんじゃねぇかなと俺は思う。

銀時があの女と付き合うなんてありえない気がした。
あの怠惰な男が、んな面倒に関るとは思えねェ。
だって、あのカタイ女、見るからに真面目。
遊びで手を出していいタイプの女じゃねェな。
あのやローはそういうの、よくわかってんじゃねェかと思うし。
猿飛は少しかわってるから、そういうフィクションを創り出して、そんで興奮するのだと言っていたし。
そういうのってなんていうんだっけ?
山崎が言ってたけど思い出せねェや。

とりあえず。

「猿飛、パンツ見えてるぞ」
俺は至極真っ当に忠告してから、
屋上のドアを開ける第三者の足音を聴いた。





ヒュウ、と下手な口笛が吹かれた。
あからさまな挑発に乗ってやるほど暇じゃないのに、既に臨戦態勢の猿飛のせいでアタマ痛ェ。

さて、立ち上がる。
腰を落として重めの蹴りを食らわせて沈んだ相手の向こう側で奇声を上げた猿飛はいきりたつ。

仁王立ちしたままだった身体が急に反転した。
回転した身体から繰り出した蹴りを容赦なく加えると叫ぶ。
「弱いッ!!笑っちゃうわ!!」

失恋しても笑えるんじゃねーか。

また見えた下着に何だか疲れた。
いちいち気にしていられないが律儀につっこんでおこうとは思う。
「神楽みてェに短パン履けば?」
「いやよ、みっともない」
きっぱり言うと猿飛はまたパンツを見せて、地面の男に踵落としを喰らわせた。
うっわ、お気の毒様。





He is the last person to say I kill you !





「痛ッ」
足元で気に入りの靴が壊れてる。
乱暴に歩いてるつもりなんか無いけど、やわな靴が悲鳴を上げた。
連日の激しい戦闘のせいかもしれないけれど、困る。
片足を上げると、ちょっと男が見てくる。
見ないでどっかいってよね。
睨もうかと考えてたら。
「おい、靴イカれたのかよ」
低い声が背後からかかった。
振り返れば白いシャツにスポーツバッグの普通な格好なのに、だからこそなのか、
普通じゃなく整った顔のせいで酷く目立つ土方がいる。
駅前は学生が多くて、だから余計に目をひく。
人の波が歪に動くくらいに目立つ奴。
白々しく立ち止まる女の子の群れに見向きもしないのは流石ってカンジ。
無造作に近づいてきて、視線を落とすときに睫毛まで伏せられていちいち色っぽいのが笑える。
なんで無駄に美形なんだろ。
「あ〜そりゃもうダメだな」
待ってろ、そう言うと土方はすぐ傍の店に入った。
あたしは植え込みの隅に座って、休憩。
別に待てと言われたからじゃなく、単に疲れたから。
足をぷらぷらしてたら5分もしないうちに、土方が出てくる。
女の子が黄色い声を上げているのに全然気にしないでずかずか歩いてくる。



「ん」
無愛想に差し出されたミュールを見て私はちょっと意外そうに眉を上げてみせる。
「どうしたのこれ」
「買った、履けよ。歩かねーと帰れねェだろ?」
簡潔に言うと土方十四郎は足元に屈んだ。
そっと揃えられた玩具みたいなチープなミュールは灰色のアスファルトに場違いに鮮やか。
「ほら、家に着くまでくれェ我慢しろ」
揃えられたミュールに足を通して、かこかこ音をさせながら私は歩く。
女の子の刺すみたいな視線がウザイ。
別にこいつとあたしはなんでもないのよ。
靴が無かったら誰にでもこういうことするような男なの。
あー格好良い。
言ってやらなきゃわかんないわけ?

「ね、アンタ変わってる」
「おまえほどじゃねェけどな」
「絶対変よ」
「いいから真っ直ぐ歩け」
「ミュール歩きにくい」
「そりゃ失礼」

この男が滅茶苦茶モテるのは知ってる。
まったく興味が無いけど、確かに整った顔だとは思う。
銀さんとは比べ物にならないけど。


「ね、アンタ、銀さんは貧乳が好きなのかしら、巨乳が好きなのかしら」
酷く嫌そうな顔をした土方は溜息をついた。

「おまえ、まず中身の話しようや」
「アンタ、すごいロマンチストね」
「即物的な女は嫌いだって言ってたぜ」
「銀さんが?!」
「積極的な女は嫌いなんだと」
「何それ、何でもっと早く言わないのよ!」
「耳元で叫ぶな」

なによ、でも放り出していかないのね。
心配だから?
ああ、あんたってやっぱ可笑しいわ。
あたしに合わせてゆっくり歩いてんのに気づかないほどバカじゃないのよ。
そのくせ学校の階段は女子より先に歩くし。
スカートの中、見ないように気を使ってるの?
もっと男子らしくスケベで馬鹿なら良かったのに。
あんた王子様みたいで笑っちゃう。


銀さんは、アンタのことすっごい構うのよね。
で、アンタはすっごい嫌そうにするのよね。
なのに一緒にいると嬉しそうよね。

アンタ、自分で、銀さんが嫌いじゃないって分かってる?


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