埋葬すると偽って、持ち帰った首と会話していることがばれたら、土方さんは俺をどう思うだろうか。

ステンレスの台座の上に乗せられた首に。
預言者の首、にしては醜いと思って山崎があーあ、と零しながら言う。
「死ねないのは報いですか?」
「……」
「山月記なら、報いがアンタにもあるんでしょ、アンタも異形の者だ」
鬼がぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ、と威嚇するように唸った。
「アンタ、別に元からその姿だったわけじゃないんでしょ」
山崎はあっさりと言い、それから、あーあ、とまた大儀そうに言う。

「土方さんはアンタが、本家の筋書きみたいに綺麗に罰を受けて泣いてるって思ってます。可愛い人だ
から」

女子供を殺した罰で鬼になって泣いて、で、可哀想。はいおしまい?
元は人間だったのなら、人間はもっとずっと醜いですよ、土方さん。

「俺を騙すのは無理ですよ。俺、優しくないですもん」
にっこりと山崎はおもしろくもないのに笑う人間の標本のように笑む。
「山月記って、いくつかありますし。ま、珍しいことじゃないんですけど」
「おまえは…」
「残念でしたね。一世一代の愛も憎悪もね、結局どっかで誰かがやってることのバカみたいな再現なんで
すよ。あの男は妻子を失って獣になった。アンタは罰を受けて…化け物になった」
「忌々しい男だな、おまえ」
「ええ、俺はアンタが嫌いですからそりゃ当然でしょうね」
山崎は場違いに穏やかな笑みを浮かべた。
「アンタ、土方さんのこと、殺そうとしてたでしょ」
「………」
「あのひとが綺麗だから?でもアンタはあのひとのことを何も知らない」
ふふ、と優しげに笑った山崎は首の切断面にふっと息を吹きかけた。

「あの獣が愛した人間をずっと殺してたんですか?妻子だけじゃ飽き足らず。
申し訳ないですけどね、あの人に危害を加えるつもりならここから出すわけにはいかないですね」

土方さんが綺麗なのはね、仕方ないことなんですよ。
だって別にあの人、そのことで幸せだって思ってないんですもん。

鬼は抜かれてしまった牙のかわりに剥き出しの歯茎を猿の様に見せた。
「でもね、結局無駄なんですよ。あの獣は永遠にアンタを愛さない」
笑みだ、と思ったのは間違いで、この男は笑った次には殺せるのだ。
「アンタの業はさらに深くなる。もう陸に上がるのも憚られる風体になっちまいましたしね」

とんとん、と意外にも優美な動きで山崎の器用な指が音を立てる。
何かを弄ぶ指先だ。
「和尚に聞きましたよ。あの獣………」
「…やめろ」
「もう随分長いこと、あの姿で彷徨ってるんでしょ」
「やめろ!!!!!!」
やめろ、やめろやめろ!鬼は狂った様にそればかり繰り返したが言質を奪った山崎は怯まない。
その程度で怯む男ならこんなことはしない。
眇めた目は残酷に凍っている。
「ふたりで繰り返してんですか?あの獣、憎しみが深すぎるんじゃなくて、我が身が可愛いだけでしょう?
まさしく山月記、矮小で尊大な自尊心に喰らわれて自縄自縛」
芝居がかった口調でそう言うと、山崎は土方の前ではけっしてしない顔で哂う。
「妻子なんて、もう本当はどうだっていいんでしょ」



鬼と獣は結局救われない。
偽りの肉の塊に、墓を立てて何になるというのか。
土方さんのために、条件にあった死体を捜してきただけ。
だって、あのふたり、もう随分長いことあんな馬鹿なことを繰り返しているそうで。
死んだという妻も子も、もうどこの誰かもわかりゃしない。
そもそもそんな話が真実だったのかもわかりはしない。
結局、自分の妄念が可愛いだけの男と、恋以外に変質したものを抱えて狂って鬼になった男と。
付き合ってちゃ、日が暮れてしまう。
大事な土方さんをそんな馬鹿げた茶番に巻き込むなんて冗談じゃない。
あのひとの舞台はもっと華やかで綺麗で残酷だから。






緩やかな運転を心がけ、助手席の土方さんの動揺を癒せないものかと考える。
旦那と会うはずの休日をまた奪われて、土方さんが初めて、
癇癪というほどのものでもない感情の小さな爆発を起こした。
相手の顔はちょっと見ものだった。俺が知る限り最高に残虐で喰えない男なのに。
あんな顔もするんだ。

本気じゃないんだろ、ならもう俺にさわんな。

泣き出したらどうしようかと思ったけれど、耐えて綺麗な唇を震わせて。
普段の敬語が何処かへ行ってしまって、そんなことをそんな声と顔で言われて、
相手はさらに貴方に夢中になりますよと、どこか冷静に思ったけれど。
事実、目配せされたから後でご機嫌取りのための打ち合わせがある。
可哀想なひとだ。
「土方さん、少し眠られますか」
「ん……」
ゆっくりと眠りに落ちる瞼の先の長い睫毛に、実は細い針でも乗せてみたいなんて思っている。
見事な長さだ。
あの睫毛、前に旦那が、ふざけてじゃれて唇で引っ張ってた。
他愛無い遊びに本音が見え隠れする旦那を見ても腹は立たない。
土方さんが幸せなうちは。



このひとは結局、何にもわかっちゃいない。
いつ狂気と手を繋いでも、
いつ殺されても仕方ないと思っているから、どこまでいってもまわりは不安だ。
誰の想いも本当にはわかってなくて、自分のことはどうだって良くて、本当は他人が怖くて、でも嫌いじゃなくて。
愛されてるのに気づいてなくて、大事にされてもどうしたらいいかわからなくて。
だからいいんだ。
鬼も獣も惑わされるならそれはきっと。
なんにもわかっちゃいないからだ。
だからこの人は死ぬまで無意味に綺麗なんだ。
無垢なものは無意味でなければいけない。



このひとはそういうものだ。






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