運命とは残酷だ。

戦時中の混乱と、身に起こった出来事の数々に、一時大事な記憶を封印した。
その封印を解いてみたくなったのは、おそらく自分はまだ浮世に未練があると確認したいがため。
曲がりなりにも組織の長として好き勝手が出来る身分になり、
ご機嫌取りの連中や、天人、馬鹿馬鹿しい昔なじみの顔を見るのにも飽き飽きしていた頃だった。

あのときの少女のことは簡単に調べが付いた。
お嬢様、などと呼ばれるほどの金持ちだ。
万斉にあの地方一帯で有数の名家を調べさせれば数件上がった。

退屈しのぎに、俺自身が会いに出かけることにすれば当然ながら難色を示された。
が、勿論好きに振舞う。
護衛に万斉をつけて、ふらふらと歩いたが聞き込みは恐ろしく楽だった。
近隣住民に見た目の話をするだけで良かった。
特徴的な鈴を付けた髪、黒い大きな目と白い肌、あれだけの美少女だ、当然のごとく有名人だった。

編み笠姿の高杉にも、警戒することなく女達は相対した。
訪問者は珍しくないのだろう。
話を聞いた老婆は懐かしげに目を細め、
傍に居た口さがない女はくすくすと笑う。
「お前さんもあの子を奥方にって?よしなさい、あのお屋敷じゃ門前払いだよ」
高杉の顔をまじまじと見て、女は少し頬を染めた。
「…残念、そんなに男前なら私があと十年若ければねェ……」
30年の間違いじゃないのか、と思いながら高杉は一応愛想よく笑っておく。
出資者や天人の薄ら馬鹿に笑いかけるための愛想笑いの顔くらい、何種類も持っている。
「昔から色んな人が来てね、あの子は誰だ、是非奥方にって、そりゃあ大変だったんだよ。
あのお家はね、ご両親が早くに亡くなって、跡継ぎのご当主はまだ随分お若くて。
でもしっかりした方でね、ご兄弟はみんな末のお嬢様にそりゃぁ甘くって、悪い虫は叩き出されてたよ」
「それももう、今となっちゃ昔の話だねェ……」
老婆が口を開いた。
「もう、『お嬢様』は居ないよ」
「どこかに嫁いだのか」
高杉は大して焦りもせず問うた。
あれだけの容姿の少女だ、そのままの美しさで成人したのなら十分に考えられることだった。
どんな男かはしらないが、幸運な奴も居たものだ。
並の男なら、あの少女を娶るだけで一生分の運を使い果たしたとしたって仕方ないだろう。
くっと、まだ見ぬ幸運な…不運な獲物のために皮肉に笑む。
他人のものを奪うことに何の躊躇も無い。
傲慢な、しかしそれに見合うだけの魅力の有る笑みに女は顔を赤らめたが、老婆は含み笑いをした。
「『お嬢様』はいない。江戸で立派にお暮らしのはずだよ」
「江戸で?」
「ああ、何せ、真選組の副長様だからね。アンタと同じくらい、『良い男』になってるだろうよ」

流石の高杉も、言葉は見つからなかった。





真選組の副長の過去が、お嬢様。
昔世話になった女を探す、そう言って河上に手伝わせていたのが災いして、
鬼兵隊上層の面々にまで事実がバレた。

調べなければ良かったでござるか?
河上万斉はそう言い、高杉の反応を伺うが、高杉は黙ったままだ。
同席していた3人は黙って話を聞いていたが、
「古い風習では、病弱な子どもに偽りの性を装わせ、死神の目を眩ますというのがあるそうだよ」
似蔵が静かにそう言い、
「何か可愛いッすね」
また子が言葉を継いだ。
本物の幼女以外には特に興味の無い武市は、写真の一枚でもあればねェ…と心中考えて溜息をついた。








「うわ、可愛い……」
殆ど感嘆のような息をして、山崎はその写真に見惚れた。
写真の少女は天使か妖精か、童話のお姫様のように儚い笑みを浮かべ、こちらを恥ずかしげに見ている。
「ああ、昔のだ」
あっさりとそう言うと土方はその写真を見た。
「もの凄い美少女ぶりですね」
「褒めたことになってねェぞ。美少女かどうかは知らねェが、まぁ男には見えねェだろ?
やるなら徹底的にが俺のモットーだ」
「ちっちゃいですね、副長」
「ガキの頃は身体が弱かったからな。成長が遅くて皆に随分心配かけた。
まぁ、それから少ししたら元気になったし、背も伸びたからいいんだが」
元気になったのが嬉しくて、喧嘩っぱやくなったし、とにかく一日中暴れていた。
そう土方が言うと、山崎は少し笑う。
家族も土方が健康になったのが嬉しかったのだろう、自分が兄弟でもきっと好きにさせるなと思いながら。
「あれ、これはなんか泣きそうですね」
可愛いことは勿論なのだが、なんだか機嫌が良く無さそうだ。
「いや…今なら愛情ってわかるんだがな、やっぱあの頃は」
少し恥ずかしくて、やっぱり嫌だった。
そういいながら土方は目を伏せた。
「声を出しちまって、男だとバレたら恥ずかしくて生きていけねェ、って思ってたから、外じゃ黙ってた。
信心深い土地柄だったから、死神にバレねェようにしゃべらねェっていやぁ、大概の奴は納得したしな」
懐かしげにそう言うと、土方は無造作にその写真を仕舞った。
強く凛々しい男になった今、過去のことは然したる問題ではないのだろう、と山崎は思った。
(写真、焼き回ししてほしいな……)
と思ったが怒られそうだ。

網膜に焼き付ける勢いで写真を凝視しておく山崎だった。



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