密会





「口に合いませんか」
佐々木はじっと土方を見て告げた。

「いえ……」
土方は長い美しい睫を瞬かせて軽く否定した。

「美味しいです」
「そうですか、良かった」
佐々木はそう言うと、自らも目の前の魚にゆっくりと箸を入れた。

部屋の中はしっとりと温かく、
夜の気配が漂っている。
二人の間に会話はあまりない。
唐突に、佐々木が零した。

「貴方を理解できたらと思いまして」
土方はゆっくりと箸を止め、
佐々木の顔に視線を注ぐ。
佐々木はわずかに笑ったまま、告げる。
「ともに食事をすることで、相手のことは大体わかるそうです」
「………何かわかりましたか」
沈黙の後、土方が静かに尋ねた。
「ええ」
「ちなみに俺は貴方が何を考えているかすら、わかりません」
佐々木は少し笑った。
「それは貴方が私に興味をお持ちで無いからでしょう」
「でしょうね」
悪びれもせず言ってのける土方にさらに佐々木の笑みが深くなった。

「そう、たとえば、貴方は物を食べる仕草が綺麗だ」
「…訓練しましたから」
土方は素直に言った。
洗練も「教育」されて得ることが可能、
いや、むしろ厳しく己を律することでしか得られないのだと佐々木は十分に知っているだろう。
なにせ、生まれながらに選ばれ、
ある種の宿命を背負った男だ。
佐々木の動きは洗練され、嫌味なくスマート。
店の選び方も、食事の選択も。

佐々木と食事をするとき、土方は勘定を持ったことがない。
経費なのかは知らないが、とにかく飲み食いの代金は佐々木の懐から拠出されている。
誘っているのが先方なのだから、
当然といえば当然だが。


「今は蟹が美味しいですね」
「…ええ」

上等な日本酒を飲みながら、ゆっくりと舌をとろかせて、
土方は時折目を閉じる。

夜が更けていく。








最初に誘われたのはいつだったか。


会議後の廊下で、隊士が慌てたように佐々木に耳打ちしているのを見た日。
緊張していたな、と土方は思う。
己の上司の前でそれでは、いざというとき如何ほどの役に立つのだろうか。
緊張する場所を履き違えている。
それから、山崎のことを考えた。
あのふてぶてしさは土方の好みに叶っている。

部屋の外に待機させてある、それぞれの部下達。
切れ間無く気配があるのは見廻り組のほうだ。
それが、佐々木にとっての安全だと思い込んでいる。
慇懃に威圧された記憶は新しい。
気配に聡い土方は障子の向こうを見透かすような視線を送った。
だが、わずかな間の後、佐々木が静かに苦笑した。
「……秘書を、育てるのが急務です」
秘め事はあまり多くの部下に示すことが出来ない。
漏れたときに何らかの始末をする対象は少ないほうが良いからだ。
有能な、秘書か、あるいはそれに順ずるものが数名居れば。
佐々木は土方が何を思っているのか、すぐに見抜いてくる。
やはり油断ならない男だと土方は心中呟く。

「うちにもそんな大それたものはいません」
「……」
佐々木の視線を受け、土方はああ、というように呟く。
「…狗なら、います。躾けの行き届いたのが」
一匹ですべて賄える。
佐々木は片方の眉を上げた。
「犯罪者の捕縛時以外で、あのような扱いを受けたのは初めてですが」
憎悪と侮蔑を折り混ぜて、唾を吐かれた。

「…悪い人間を見たら吼えるように躾けてあるので」
くすくすと土方は初めて笑いのようなものを浮かべた。

夜は満ちていき、土方の、嚥下する喉元の白さにぼんやりと視線を投げながら、
佐々木はふっと笑うと、ゆっくりとまた、酒をふくんだ。






「これってデートだよね」
控えの間で、見事な庭園を見ながら投げやりに山崎が言う。
原田はいつでも動けるように体を楽にしながらも、
同時にその必要性はほぼないことを理解している。
山崎と同じで。
「部下引き連れて、か?」
原田がグラスを呷った。
見廻り組のご大層な部下達の緊迫を無視した、軽い会話。
さすがにアルコールではないが、
気遣いで飲み物の類はきちんと用意されている。
「片方がもう片方に好意を持って食事に誘う場合を他に言い表すと?」
山崎がさらに投げやりに言う。
「懇親会とか、親睦会とか」
原田は告げる。
いろいろあるだろ、普通、と。
「じゃ片方が明らかに好意を持ってて、もう片方が土方さんの場合の、二人きりの食事会は」
「デートだな」
あっさりと原田も認めた。
それから深い溜め息を吐いた。
「副長はなんて言ってるんだ?」
「食事会だってさ」
「じゃあ食事会なんだろ」
「・・・そうだね」

「局長って大物だよね」
「ん、ああ」
組織のナンバー2がナンバー1と食事、していると言うのに、
何の勘繰りもしない。
ある意味、天晴れな男。
「副長を信頼してるんだろ」

山崎は何やら手の中で物騒な器具を回転させた。
「必要あるのか?」
不思議そうに言う原田にきっぱりと。

「だって俺あいつ嫌いだもん」
「ガキかよ」
原田はちょっと笑った。

が。

半刻後、
酔ってふらついた土方の身体を両腕で抱きとめ、
磐石の確かさでもって支えた佐々木に。
一瞬だけ交錯した二人の視線に。

空気が凍ったのを感じた。


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