歓楽街で金時とはぐれてしまった。
そういうときに限って、携帯電話が無い。
人が多すぎるからというより、一瞬の隙をつかれて引きずり込まれた。
強引過ぎる客引きに辟易していたら、金時が居なかった。
人気の無いところはあまり好きではないのに。
なんでかはわからない。
でも金時は人気の無いところではどこか緊張しているから。
俺もあまりそういうところには行きたくない。
金時が苦しいのはつらい。
金時は俺に、話せないことが多すぎるのかもしれない。
どうやったら金時の苦しみを少しでも癒せるのか、見当はずれなカウンセリングじゃなくて、
もっと、なにか。なにかが。
そもそも、金時が何に苦しんでいるのか、まだ見えない。
見せてもらえない。
俺はきっとまだ何か足りないんだろう。
金時みたいな良い男を全身で愛するのに必死で、きっと大事なことを見落としている。
あんな優しくて、強くて、哀しい目をした人間を見たのが初めてで、俺の悪い頭は戸惑ってるのかもしれない。
胸が苦しくて、愛しくて、どきどきしていつもうまく言えないし、出来ない。
優しい金時がゆるしてくれるだけで、キスも、セックスも、きっとまだ上手にできていない。
はじめて、の男が金時だから、練習するわけにもいかないんだけれど、
にしたってちっとも上達していない気がする。女性相手とは勝手が違うし、そもそももう少し、セックスに興味を持っておけばよかった。
ああ、そういう問題でもない。
金時のために何が出来るのかずっと考えているのに、ちっとも金時を喜ばせていない気がして、ときどき怖くなる。
怖くなる、なにかが。
なにかが、怖いのは、認めたくないのかもしれない。
認めたら、俺は。

ぼんやりとしていた土方を子どもらしい少し高めの声が現実に引き戻した。
「ねぇ、御兄さん、道に迷ったの?」
中国服を着た、退紅色の髪の酷く綺麗な子どもだ。
アジア系、ということまでしかわからない。
(中国服を着た日本人だっているし、日本語の上手い中国人は大勢いる)








神威は目の前の人間をさっきからじっと観察していて、気付くのを待っていたのに相手がぼーっとしているからつい、声をかける。
じろじろ見ても怒らないからじろじろ見る。
綺麗なさらさらの黒髪。最近珍しい。
日本の和服。ひらひらしてて、綺麗で高価。
祖国の服に少し似て、だが遠い。
さらさらでひらひらでお人形みたい。
最近こういう井出達は珍しいんだってのはわかる。
出入りか水商売の人間か、と思うがそれとは全然違うのは近くで見ればすぐわかる。
だって目と肌が凄く透き通ってる。
にこにこしてれば日本人は基本警戒しない。
「俺は神威。御兄さんは」
「…あ、…土方だ」
わざわざ屈んで目線を合わせて会話してくるんだ。
なんで育ちの良さってすぐわかるんだろうネ。
愛されて生きてきた生き物の匂いがする。
俺からは一生しない臭いだ。
「ヒジカタ?へぇ」
字がわかんない。
細い首。片手で折れるな。
ふわんと、香った匂いに意識がいく。
あ、物理的な匂いもする。
ああ、香水、だっけ?香だっけ?なんか和服につけるって阿伏兎が教えてくれた気がするけど忘れた。
女の匂いよりいいじゃん。
なんか甘いけどしつこくなくて、身体っていうか着物から、する。
ムスクの匂いもちょっとするけど、移り香程度。
彼氏の匂いなのかな。
おねぇちゃんみたいなオニイチャンだ。
「日本人てそういう名前多いの?」
「どうだろう?実家の近くには多いけれど、日本中で考えたら多くはないかな」
「スズキ、サトウ」
「ああ、それは多い」
「偽名に良く使う名前だネ。日本人の」
「偽名?」
「ふふ、御兄さん。なんでこんなところに来たの」
「人と、はぐれてしまって」
彼氏かな?だったら半狂乱だよねー。御兄さん美人だし。
「そう。でもこの先は行き止まりだよ。電話があるとこまで送ってあげようか」
「本当か?なら助かる」
「俺も人を呼ぼうと思っててさ。そこまで用があるから」
「すまないな」
どういたしまして。
にこにこ。
こんな簡単に信じてる。
疑ったことないの。
ね、次の瞬間兎が皮を脱いで狼になったらどうするの。
お馬鹿なお人形さん。

俺の歩幅に合わせてややゆっくりと歩くのに気付いてまたちょっと笑える。
コンパス違うけど俺、足は速いんだけどな。
ま、いいか。
「神威、だったか」
「うん」
「神様の名前が入ってるんだな」
「イエスってこと?日本人はみんなブディストじゃないの」
「割合からいえばそうかな。でも俺の勤務先の学園はミッション系、キリスト教だ」
「へぇ。御兄さんて先生なの」
「まぁ、そんなものだな」
「頭良さそうだもんね」
苦笑、これ、日本人特有の「ケンソン」かな。
控えめな民族だ。
生ぬるい生活してるから危機感無いのね。
「俺は神様信じてないなー」
「…そうか。でも良い名前だな。ご両親の愛情が篭もってて」

良い名前だとぽつりと零すときの穏やかな表情。
奇跡的にその呟きが土方の身体と、もしかしたら奪われるかもしれない命を救っていたことを
本人は勿論知らない。
この先も知らない予定。

「そう?初めて言われたよそんなこと」
神威は気紛れで残虐だが同時にどうしようもなく子どもなのだ。


「電話ボックスあったね」
「ありがとう」
「オネェサンみたいなオニイサン、気をつけて帰ってネ」
夜でなくとも街は暗い。道も深い。
綺麗な兎は食べられちゃうよ。この街はそういうところだからネ。
「そっちこそ」
言いかけて振り向いた先にもう誰もいないので流石の土方も眼を見張った。
「座敷わらし、みたいだったな…」








それから五分後には、息を切らして部下がやってきたので神威はにこにこしたまま手を上げた。
携帯電話片手に。
「ッ団長、アンタこんなところに居たのか」
「遅いよ、阿伏兎」
「呼ぶならもっと具体的に場所を言ってくれないか」
「さっき、綺麗な生き物にあったよ」
にこにこ。しているときの神威は性質が悪い。
いつも笑顔だが。
ということはつまり。
いつも性質が悪いのだと阿伏兎は知っている。
「…和服のツラのイイお兄ちゃんか?なら俺もすれ違った。やめとけよ。カタギに手を出すと日本の警察は煩いぜ」
「殺して浮かんだらみんな同じ肉の塊だよ」
「やめとけよ。着てるもんからして、金持ちだ。新聞沙汰は御免だぜ。身内が煩いだろ」
「地獄の沙汰も、だっけ。お金持ちのうえ、あの御兄さん美人だもんネ」
「顔は関係ない…団長、道に迷った子兎殺すの、よくないぜ」
「豚ならもう三匹殺した。ナンパされたから」
「……死体はどこやった」
「あっち」

「アホが」
けらけら笑ってるな、と阿伏兎が小突いたがにこにこしたまま。
「さっきの御兄さんの代わり。どうせ貧民街のチンピラ。しかも混血。多分戸籍ないよ。
ね、俺結構考えてるデショ?」
「……一応、褒めておくべきか?だが無駄な死体を増やすな」
「にしても面白くない?あのお金持ちで綺麗なオニイチャンは自分の代わりに貧乏で粗野で可哀想な誰かが死んだって知らないまま生きてく、きらきら綺麗に。吐きそうだよ。うげぇ」
「言ってろ、アホ」
「だって世の中そうやってぐるぐるまわってくんだよ。妹も俺もそうだもん」
阿伏兎は溜息を吐くと神威の頭を撫でた。
「……少し待ってろ。死体は片付けさせる」
携帯電話で淀みない指示を繰り出す出来の良い部下を見ながらあくびを一つ。
「阿伏兎って苦労性だよねー」
「アンタに言われるとは思わなかったよ」


並んで歩く。歩幅は違っても合わせたりはしないのが阿伏兎だけど、俺は好きだ。
「ねぇ阿伏兎」
「なんだ」
「さっきのオニイチャン、あれ多分男を知ってるよ」
ぱちり、瞬いた阿伏兎の目がちょっと可愛いな、とか思ってしまう。
部下は可愛いもんだよネ。
「…なんでわかる」
「わかるから。妹がバージンじゃなくなった日だってわかったもん。俺」
「妹さんに言ってないだろうな。んな無神経なこと」
「よく抱いてくれる男がいるなぁって笑ったら殺されかけた。ま、俺が勝ったけど」
「……あのな。お前さんがどう思ってるかは知らないが。お前の妹は相当な別嬪だぞ」
「そうなの?」
「今にとびっきりの美女になるぞ。ありゃ」
「阿伏兎ああいうの好きなの?童顔なのに、ロリコン?」
「アホか。おりゃぁあんなおっかない女御免だ。お前の身内じゃ、なお嫌だ」
「阿伏兎は俺のほうが好きだもんねー、じゃホモ?」
「ぬかせ。ホラ、帰るぞ」
「はいはーい」
ばいばい、綺麗な御兄さん。三人分、せいぜい長生きしてネ。
うげぇ。
じゃ、ザイ ジエン。



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