山崎退はほれぼれするような上司の姿に感嘆の溜息を吐く。

今日も土方さんは最高にいい。
洋風の店には洋装で。
気取った狸爺達との馬鹿馬鹿しいディナー、嫌気がさしてもドレスコードを遵守する価値のある姿形は最高。
足の長さと腰の細さを生かして、スリーボタンにサイド・ベンツのジャケットでシルエットは軽快そのもの。
シャツの袖先は正確に1.5センチ覗く、当然のことながらオーダーメイド。
土方さんが可愛がられている偉い男の馴染みの店で採寸のお供をしたからよく覚えている。
タイはワインレッド。銀のスライダーが斜めに差し込まれて引き立つ。
カフスは勿論揃いのシルバー。
足元はクラシカルなドレス・シューズ。色は当然ブラック。
何より、本人の美貌にクラシックスーツが完璧に調和している。
くるりと一回転してくれないかなと思った。


それにしても、なんで。
こんないい男なのにどうして、わけわからん男にばっか好かれるんだろう。





お供に俺と山崎を従えて、土方さんは席に着く。
西洋風料理に相応しく、店内は異国風のつくり。
俺は堅苦しいスーツが嫌いだが、土方さんとザキに言われて仕方なく着込んだ。
七五三だと抜かした隊士は池に沈めておいた。
土方さんは…ムカツクことに確かにサマになってる。
黙っていれば、貴公子の面(中身はチンピラだが)。
ザキは地味なスーツをこれまた地味に着こなしている。
俺は土方さんの見立てでオフホワイトのスーツ。
軽くて動きやすい。

局長抜き、の会合は意外と多い。
ナンバーワンは多忙だから次席がその代理を務める、のは確かに不自然じゃない。
が、土方の野郎の場合は別。
こいつと話すほうが要求が通ると思われてる。舐められた話だ。
そして親睦会を兼ねた爺との腐った雑談は。
「近藤君には一度、礼儀というものを知ってもらったほうがいいんじゃないかね」
近藤さんがキャバ嬢なんぞにいれあげていれば当然の帰結を迎える。
「いくら女性に縁が無いからといって、特殊警察の局長ともあろうものが風俗嬢にいれあげているなど、
醜聞もいいところだ」

たちの悪い笑いが広がって気色悪い波のようにざわつく。

「風俗嬢ではありません。飲食店の店員です」
控えていた山崎があまり意味の無いことを言う。
おまえはブン屋かよ。
「同じようなものだろう」
胸糞悪ぃ。
だからあんなゴリラ女やめとけゃ良かったんだ。
あんな女のために近藤さんが侮辱されるのは我慢ならなかった。

「ああ、土方君。君が女性のひとりでも紹介してあげれば良いじゃないか」
笑いが大きくなった。
土方さんが、傾けていたグラスを細い指でテーブルに置く。
その視線にかぶさるように下卑た口が開かれた。
「上司の好みは知っているだろう。君なら女性など選り取りみどりじゃないかね」
「何せ女房役だものね」
含みのある視線に俺はむかっ腹が立つ。
土方さんの横についた山崎のヤロウの目つきが険しくなった。
「君がちゃんと手綱を握っておかないから、旦那の浮気は野放しにするとコトだ」
「貞淑なのも結構だが…」

下卑た笑い声が大きくなった。

「噂じゃ君が近藤の下の…」
俺は、もう限界だった。
「テメェら……」
立ち上がりかけると、テーブルの下で腕を砕かれるんじゃないかと思うほどの力で押さえつけられた。
俺が、内ポケットに仕込んだ短刀を抜くと見抜いて。
殺そうと睨みつける。
「総悟、座れ」
人形のような顔で土方の野郎は俺に命令した。
上官の命令が絶対であることは知っているが俺は従ったことがあまりない。
「座れと言っている」
ヤツはそう繰り返す。
場が静まり返った。
俺はこいつが、血の通っていない化け物なんじゃないかと思うときがある。
近藤さんを侮辱されて平気でいられるのかよ。
俺の殺気にビビッていた野郎が腑抜けた口を開く。
汚ェ面をズタズタにしてやりたかった。
「土方君、部下の躾は君の仕事だろう」
「若いとはいえ、組織の顔だ。君には監督責任があるだろう」
土方の野郎は前を見たまま、頷く。
「申し訳ございません」
感情が根こそぎ死んだ声だ。
むかつく声。

まわりの俺を見る目が、まるで聞き分けの無いガキを見るようで、俺は何もかも殺して回りたいと思った
。出来ないわけじゃない。近藤さんのためにしないだけだ。

しばらく食器を使う気取った音が響いて。
有名なエロ爺が土方のヤロウに笑いかけた。
「ところで土方君、後でウチに…」
山崎がワザとらしく、注ごうとしたグラスを床に落す音が響いた。
ボーイがとんでくる。

場が白けた。

咳払いの後、下品な豚がしゃべる。
「…さっきの話だが、使途不明金が風俗嬢に流れているなんてことになったら、君達全員の首が飛ぶ」
「土方、君は利口だからわかるね」
「組を動かすくらい簡単だろう、なに、少し我々の手伝いをしてもらいたいだけだ」

土方さんはゆっくりと瞬きをした。
「護衛、ですか」
「そう、今度の『旅行』でね、君達についていってもらいたい、ついでに『害虫駆除』を頼みたいんだよ」
「害虫…」
土方さんは繰り返す。
「そう、我々も迷惑しているんだ」



少し経って、土方さんが紅い唇を開いた。
「レアメタルの利権が絡んでいるのはわかりますが、彼らにも生活があるのでは」
土方さんはすらすらとそういうと溜息のように息を吐いた。
酷くゆっくりと。
「貴方がたの仰る害虫、はテログループではなくて、ただの……古い言い方ですが、市民のデモ隊のよう
なものでしょう。あるいはシュプレヒコール、ですか」
それから、何が面白いのか薄く笑う。
「やめませんか、取り繕うのは。初めから目的を仰って下さい。我々は地上げ屋ではありません。
誇りある対テロ対策特殊部隊です。皆命を張っている。私は部下に説明する責任があります」
凛とした声で土方さんはそう言うと、目を伏せグラスを見つめた。

一呼吸置いて、場の空気がある色に染まる前に口を開く。

「公安と科学技術班の応援を要請していただけますか。真選組の出動はテロ、及びテロリストの殲滅、 将軍様のご命令と用人警護、人命救助の任を負うときだけです。今回は人命救助と用人警護の両方の 任で出向きます。科学技術班に確かめさせて、鉱山の一酸化炭素濃度、有害物質の総量が人体に影 響を及ぼすレベルであることを市民に環境アセスメント団体との共同名義で周知させます、そのうえで強 制立ち退きを…あくまで避難の形態で。有事用の簡易保護施設には現在十分な空きがありますからそ こへ住民を避難させます。数はこちらの…山崎が確かめていますから間違いはありません。飼われてい
る犬や猫の類は保健所の一時保護施設と民間のボランティアに依頼をします。家畜には保証金を、見舞金は皆様が共同で」
お支払いください、名義はあくまで国からとして。
そこまで言い切ると土方さんは場を見渡す。
「異論のある方は」
誰も口を挟まなかった。
「では具体的な手筈は明日以降、公安と科学技術班の応援が取れた後に」

そう言うと、土方さんは爺のひとりの空のグラスを見てボーイに目配せした。
慌てたボーイに構わず、土方は注がれていた液体を飲み干す。
「くれぐれもご内密にお願いします。皆様に体面がございますように、我々にも立場がありますから」

満足行く結果となったのか、クソ爺どもがお開き、と帰り支度を始めた。

「離せよ」
睨む。土方の野郎はいつまでも俺の腕を、テーブルの下で押さえつけていたからだ。
あっさりと手を離した土方は立ち上がった。
見送りにいくためだ。
俺は行かない。
ムカツク。
土方さんは俺を振り返って、薄く笑った。
それは、害の無い笑いだった。
意味の無い笑いかもしれない。
聞き分けの無いガキを見るような目つきをしたら殺してやろうと思っていたのに。
俺を見る目は俺を責めていない。そんなことくらい、俺だってわかってる。
ムカツク。
苛苛する。
やられっぱなしかよ。
冗談じゃねェ。
畜生。

何もかも、汚ェことばっかだ。

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