沖田は赤い繊毛の敷かれた長椅子の上に腰掛けて、
向かい合う形で膝に乗せたこひじの前髪をかきあげ、露になった白い艶やかな額に時折キスをし、
いつものようにゆるゆると戯れていた。
あまりに絵になる組み合わせに年若い店員が顔を赤くしながら、横目に様子を伺っているが沖田は基本他者に関心が無い。
年嵩の店員が運んできた菓子にこひじは行儀良く礼を良いにこにこと笑う。
沖田は口の端だけで笑うとこひじをそっと膝から降ろして隣に座らせてやれば、
小さな足をぷらぷらさせていとけないのが堪らない。
当然のように沖田は盆の上の菓子の包み紙を外してやってから小さな手に与えた。
「ありがと」
こひじは素直に礼を言うと小さな口で咀嚼を始めた。
常のように見るとも無しにながめていた沖田はふと気配を感じ、
ゆっくりとその整った顔を上げた。

顔を上げた沖田に息を呑んだ女が二人、それでもおずおずと申し出る。

「あ、あの……一緒に写真撮っていただけますか、すごく可愛い子なので」

沖田は女達を一瞥するとふっと笑う。

「…すいやせんねェ、お忍びなんで」

沖田は簡単に嘘をつく。
こひじを抱き寄せると可愛らしい目が不思議そうに沖田を見る。
思わせぶりな言葉も、沖田の口から出ればその虚実など他愛無い。
華奢な身体に整った顔でこの世の愛らしさがそのまま存在しているようなこひじと、
金色のさらさらの髪に童話の中の王子のような外見の沖田の微笑みは、
なるほど、
高貴な生まれの子息か、
あるいは売り出す前の役者か。

女達は焦ったように何か言葉を探しているが、
沖田は悠々とこひじに冷ました茶を飲ませた。
既に沖田の興味から女達は消えている。

「あの…」
まだ何か言いかけた女の口元を沖田はじっと見た。
がらんどうのような目にショックで口がきけなくなった女に構わず、
沖田はこひじの唇の砂糖を指の先でそっとぬぐってやった。

見ているのに見ていない、というのが女にはもっとも堪えるのだと沖田は知っている。
片手を上げて人を呼び会計を済ませ、こひじを抱き上げてゆっくりと沖田は歩き出した。

「ばいばい」
沖田の肩越しに罪の無い微笑みを浮かべたこひじが、女達の金縛りを解いてくれた。

その髪を数度撫でた沖田は、当然の如く振り返ることなく歩き去った。





巡回と散歩が同義の沖田に聞き慣れた罵声が浴びせられ、その瞬間身体の細胞が沸き立つように反応する。
「幕府の犬が!」
ありきたりな文句に常の沖田ならば笑っただろう、
だが今は余裕が無い。
斬りかかって来た浪士達は数に物を言わせる虫けらのように多い。
ほとんど反射で、ひゅんと音を立てて振るった刀の先。
土方は澄んだ目を大きく見開いて沖田を見た。
その視線に僅かに、本当に僅かに沖田は怯んで。
その怯惰を責める言葉を持ち合わせないこひじは沖田の動揺を鋭く感じ、
血みどろの沖田の手をきゅっと握った。

「いこう」

そのとき、己の中に駆け巡った感情を言い表すことはおそらく一生無理だろう。
天使のような姿をしたこの生き物は、しかし確かに未来の土方に繋がる何かを内に静かに秘めている。
叫びだしたいような、泣き出したいような思いを振り切って。

沖田は血溜りを駆けぬけた。


背後から凄まじい怒声が響く中、
「おいッ……」
沖田は一瞬、生々しい殺気を感じ、
駆け抜ける電流のように鋭い一閃が放たれたのを知覚した。

「ッ、旦那……!」
「どうしたの沖田君、随分人気者じゃない」
片手で簡単に追っ手の得物を跳ね上げた銀髪の男は、
息一つ乱さぬままに男を地面に叩きつけ、
沖田が浪士相手に珍しく遅れを取っていた理由を知る。

それから、沖田と同じくらいの衝撃が銀時の脳裏に駆け巡り、
肌を焼く。
寸分たがわぬ速さで、沖田の手を握る小さな存在をその目にうつした瞬間、銀時の中の血が沸騰した。
だが。
「おいで!」
叫んだ銀時にこひじは頷いて大人しくその胸に飛び込む。
「そうご!」

自らが沖田の立ち回りの邪魔になると思ってだろう、
賢いこひじは目で合図を送った。

「くるよ!」

身軽になれば、神速の剣を操る沖田に敵など無い。
末端まで満ち満ちた殺気をそのままに沖田の身体は臨戦の構えを取る。

抱きかかえられたまま、自分を見守る小さな身体、その目は澄んでいて。
だが当たり前のように自分以外の男の腕の中。


沖田の指先に力が篭る。

旦那、アンタっておひとは。
いつだって、土方さんの危機に現れるんだ。
まるで土方さんの救世主みたいに。
それから。

どうせ、惹かれあう。
沖田は狂い笑いをした。

「ハッ…」
ああ、畜生が。
どんなになったって。
「はは、ああなんてツマんねぇんでしょうねィ」
決まりきった芝居の舞台で自分は踊っているだけだ。
あの二人は出会う。

まるでそれが運命そのものだとでもいうように。

目前の攘夷浪士が怯えたように後ずさりしだすがもう手遅れ。

「さぁ、来いよ」
とん、と軽く足先で地面を蹴った。
「吐けるように首と胴だけは繋げといてやるからよ」

沖田から一切の、
表情が消えた。


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