『天使が屯所にやってきた』





その日、山崎退の目の前で天国の門が開いた。

寝起きの副長様が魅惑のおみ足をさらしながら寝惚けているときも、
お行儀悪く胸元をはだけさせたときも、
指についたマヨを何気なく舐めているときも、
隊士連中ならば昇天しそうな光景ですら、
身に染み付いた狗の性質でまず隠そうと慌てだす悲しさを持っている山崎にとって、
よっぽどのことが無ければここまでの恍惚は訪れないだろう。

副長室の中、浮世の天国を見ている山崎の前で、
ぺたりと床に座り込んだ天使は、
恥ずかしそうにその小さな体を大きな着流しで隠した。
土方の為に生きているに等しい監察山崎退は、
目の前の存在が土方十四郎であるということを当然の事象として認識していたのだが、
別の次元で驚愕しないではいられなかった。
「あの……えー……と」
どうしようどうしようこれはとんでもないことになったぞっていうかとんでもないっていうか、
副長がとんでもなく天使なんだけど!!
いや、土方さんはいつも愛とエロスの女神みたいなもんだけど小悪魔な所もあっていやそういうことは、あれだ、
夢にまで見た幼少期の副長のお姿が…こんなにも愛らしくて良いのだろうか、良いのでしょう、
良いんですよ!!誰だか知らないけどありがとう、っていうか多分犯人分かってるけど!!身内の犯行だけど!!
わなわなと震える山崎の前で天使は小さな赤い唇をそっと開いた。
「ごめんなさい……とうしろ、いま、ふくきてないの…」
むしろごめんなさいは俺です。天使の半裸を見た罪は火炙りですか。
「ふく、どっかいっちゃった………」
天使はそういえば裸だったな。生まれたままの姿っていうか。
いやいや、違う、縮んだんですよね。縮んじゃって着流しが大きくなっちゃったんですよ。
「…それでね、ここ、どこかわかんないの……」
ふぇ、と泣き出しそうになりながらも必死で涙を我慢しているのだろう、大きな澄んだ目がうるうるしている。
きゅっと着流しの端を掴んで、この世に山崎しか頼れるものがいないの…という顔をしているなんて、なんて…!
この世で、俺しか、頼れるものがいない。
山崎の頭の中の天国の門が大きく開いた。
ファンファーレが鳴り響き花が咲き乱れるそこで、
開いた門から降りてきた天使は下界の様子に困ったように愛らしい目をきょろきょろさせて。

「おにいちゃん………とうしろう……ここにいていいの?」

天国への片道切符を得る寸前の山崎はとりあえず天使のためにお洋服を探すことにした。






その日、屯所は絶叫の後気絶、という段取りで倒れるものが続出した。
すっげぇ可愛い!!!だれだれ?どこの子?え、
副長?
え………ぱたり、という感じで一通り隊士達が屍と化した後で山崎はとりあえず沖田の元へ出向いた。
生命力だけは有り余っているので、恋心を燃料に復活した隊士達は怖がらせないように精一杯微笑みながら
小さくなった土方を熱心に見つめている。
大人しく座って大人たちを不思議そうに眺めている「こひじちゃん(山崎命名)」は
大人たちの可愛いものへの興味津々の態度にやや困ったように睫をぱちぱちさせてきゅっと山崎の服の裾を掴んでいる。
「沖田隊長、この間の天人の薬」
「土方さんに飲ませやした」
けろりとした顔で言う、外見は王子様、中身はサディスティック星の魔王は珍しげに土方を見ている。
なぁに?というようにこひじが首をかしげた。
「しっかし…ちっせぇな」
沖田が何か言う前に、騒ぎを聞きつけた近藤がこひじの頭を撫でながら言う。
「高価な若返りの薬だったんだろ。まぁでも失敗か…」
「美容目的には販売できませんね。記憶が無くなるんじゃその間若返ったってどうしようもない」
「子どもがえりするって感じだよな」
よしよし、と撫でればますます仔猫のようにこひじはぷるぷるする。
可愛いなぁ、と思わず甘い顔になってしまう近藤はイマイチことの大きさを分かっていない。
しばらく土方がこのままということは、己が鬼のように働かされるということに他ならないのだ。
「凶悪なテロリストを一時的に大人しくさせる用に、ってことで松平長官からいただいたんですけど、
いつ戻るかわからないんじゃ実用的じゃないですね」
「とっつあんには俺から上手く言っておくが……トシは大丈夫なのか」
「俺が立派に育ててみせます」
「いや、元に戻るんだろ?そのうち…」

こひじが大人しく山崎の傍に座って入れてもらったお茶を飲んでいると、
隊士達が耐えられず集まってくる。
「わぁ、超可愛いな…」
「お人形みたいだねぇ」
「マジで副長なわけ?ほとんど女の子みたいじゃん。かわい…」
ひゅん、と顔の真横に垂直に突き立てられた短刀に凍りついた隊士は一瞬で青ざめた。
「そこ!!汚い手で触らない!!!」
「や、山崎……ちょっと落ち着けって」
「落ち着けません!!幼児にはわずかな菌も命取りなんです!!
これからこひじちゃんに触る人間は徹底的に除菌してからにしてください!!!もちろん局長も!!!」
退出してしまった沖田はともかく、こひじを可愛がりたい隊士達の激論の末、
最終的には後輩達を半ば脅すようにして山崎は土方の専属世話係となった。
というか沖田がいないのならば目がヤバイ状態の山崎に対して誰も何も言えなかったのだ。

「ささ、副長。お着替えしましょうね」
「あい!」
ぴっと手を挙げて良い子のお返事。
山崎退、ひじかたとうしろう、ななさい、を完璧に育て上げるべく、
満面の笑みを浮かべた。


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