山崎退の育児日記2




12月24日 晴れ

こんばんは。いつも副長のお傍に…監察山崎退です。
今日も我が天使は清く正しく愛らしい。
さて、今日の日没より降誕祭、すなわちクリスマスである。
俗的にクリスマス・イブと言ったほうが良いだろうか。
恋人の祭典などと浮ついた輩が増えるため警護上非常に鬱陶しいことこのうえないが、そんなことはまぁ良い。
問題は我が天使のことである。
既に屯所には溢れんばかりのプレゼントが届けられている。
爆発物や化学物質の検査の他に盗聴、盗撮機器が無いか入念に検査し、
現在安全な物のみを部屋に置いてある。
なお、屯所の庭に突如出現した巨大なクリスマスツリーは松平長官からの贈り物である。
クリスマス当日は仕事のある長官はここの所前倒しでこひじちゃんを可愛がりまくって帰っていくため非常に迷惑だ。
先日こひじちゃんを抱っこしながら何が欲しいか聞いたところ、
「あのね、きらきらした木、みんなでかざるから……」

こひじちゃんは小さなモミの木に飾りをつけたい、くらいの意味で言ったようだが、
ホテルのロビーに飾られているような巨大なツリーがその日の夕方1トントラックに業者付で届けられた。
隊士総出で飾り付けをし、局長が電飾を巻きつけて完成したそれにこひじちゃんはいたくご満悦だ。
栗子嬢がクリスマスを馬の骨と過ごす、
という情報により、今長官は彼女に張り付いている。
我ながらあまりにも簡単にコトが運ぶのでちょろ過ぎて笑いも出ない。

こひじちゃんは今原田さんがお出かけに連れて行っている。
いや、でーと、か。
最近こひじちゃんはお出かけや遊ぶのをでーと、と表現する。
おそらく沖田隊長が教えたのだろう。
そしてなんとなーく、その狙いと効果が読める自分がいる。
が、俺は敵に塩を送るほど博愛主義ではない。
帰ったら皆でクリスマスパーティをするため、
デリバリー業者のチェックに戻ろう。







同刻。

「寒ィィィ!!!!」
びゅうびゅうと寒風が吹き付ける中、
「ったく何でこのクソ寒いのにサンタの格好で呼び込み?」
鼻の頭まで赤くして
万事屋の主は寒空の下でただでさえ少ない労働意欲を限りなくゼロに近づけていた。
「アホらし…」
道行くカップルに、なんとなくもやっとした思いがある。
どーせ今日なんか頼まなくてもいちゃいちゃしたいバカどもが集まるって。
流石に毎日やりたくて仕方ない年齢ではないが、
枯れるには十分すぎるほど若い。
別に、相手がいないわけじゃない、が、
その相手はいま非常にややこしい状態になっており、
なんというか、いちゃいちゃとかそういうのとは無縁。
いちゃいちゃよしよししているといえばしているが、
なんというか、可愛がるの種類が違う。
ものすごく可愛いけれど、可愛くて可愛くて仕方ないけれど、
外野が煩くて大っぴらに可愛がれないうえに何やら視線が痛い。
こんな寒い日におでかけしないよな…
過保護に過保護を重ねて養育されている「未来の恋人」がいないか、つい、目で追ってしまう。


「旦那、お疲れ様で」
と、デカイ図体のハゲの隊士が箱を持ってきょろきょろしながら言う。
ハゲの背後では御つきの男が辺りをうかがっている。
「お、なんだ、見回り?」
「いえ……」
ハゲが何やら困ったように銀時の前に進み出る。
「どーしたよ」
その背後からひょこっと顔を出したのは。
「こひじちゃん!」
ああ、この子を隠してたのか、と合点がいく。
銀時の前で頬をピンク色にした相変わらずの可愛い子は
真っ白でふわふわのイヤーマフをつけ、小さな手には白い手袋、
ふわふわのファーがついた洋服は襟元で赤いリボンが結ばれていて。
「はは、プレゼントみたいだな」
リボンをしゅるりと解けばおそらく保護者に抹殺されるだろうが。
そんな戯言を他所に、小さなポケットからそおっと。
「はい、ぎんにい、どおぞ」
あったかいココアを差し出されて受け取る。
「あ……ありがとな」
「うん」
指先がゆっくりと温まっていくと、段々考えもほどけてくる。
「あったけー……」
おもわず呟いた銀時を見て、
「あいたかった……」
静かに、こひじちゃんはそれだけ言うとふわっと笑った。

「ッ…、お、俺も」
というか何でイイ年の俺がどもってこの子がふっと笑っているんだろう。
だが、背後の隊士もハゲも顔を赤くしている。
ああ。
幼児であろうとも土方十四郎はやはり。
(モテるな…これは)

「で、旦那。これがこひじちゃんからのケーキ」
「え、」
片手で大事に抱えていた箱を差し出しながらハゲが笑って言う。
「万事屋の旦那…心して味わってくださいよ。なんせブラックカード持ってるような保護者が
ついてるこひじちゃんが自分で稼いだお金でかったんすから」
「…マジ」
「ああ。何でも買ってもらえるのに、旦那にあげるものを自分で買いたかったみたいで。
ここんとこ一生懸命お手伝いしてたんだぜ、な」

こひじちゃんはにこにこしている。

「…ありがと」
「どういたしまして」
えへへ、と邪気なく笑う姿は本当に。
「もっかい抱っこしていい?」
そおっと抱き上げるとこひじちゃんは照れたように銀時の胸に顔をうずめた。
「ぎんにい、あまいにおいするね……」
すん、と小さな鼻を子犬のように鳴らしてほにゃりと言う。
やーらかいし、あったけーし。
いい匂いするし、小さいし。
あまりの可愛さにこのまま浚ってもいいかな、良いよね、
と銀時は顔を赤くしながらきゅうっと抱きしめた。


と、静かにパトカーが銀時の背後で停止した。
「え……」
音も無くするすると滑るような運転がかえって怖い。
ハゲの背後に控えていた男が慌ててドアを開ける。
降り立ったのは。
「…これはこれは、どうも、万事屋の旦那」
真選組の王子様が聖夜に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべた。
女がひれ伏すようなきらきら光る髪がまあおそろしく邪悪。

「…沖田君、なんで?」
「デートなんで」
「はい?」
「あのね、いまからね、そうごとでーと、なの」
「はいいい?!」
クリスマスにデートって?え?なにどういうこと??
「お仕事中に失礼しやしたねィ」
「ぎんにい、おしごと…」
「そうですぜ、さ、土方さん、帰りやしょう」
「ん、だっこ…」
当然のようにひょい、と抱き上げた沖田は自分の胸にその小さな頭をもたれかけさせ、
髪にキスをした。
「じゃ、そういうことで」
ひらりと手を振った沖田に銀時は駆け寄ろうとしたが。
「ぎんにい、おしごとがんばってね」
にこにこ笑って手を振る可愛い子に凝固した。
邪気の無い目で、お仕事頑張ってね、と言われてしまえばもう終わりだ。
パパお仕事頑張って、私ね、彼氏とデートなの、
と愛娘に言われる父親はこんな心境だろうか。
ハゲが静かに、
「ケーキは万事屋に届けときますよ」
「はい、見回りルートなんで行ってきます」
「頼んだぞ」
とかなんとか言っているのがかろうじて脳に届く頃には皆それぞれ散り、
こひじちゃんは車に乗り込んでしまった。
「……なんかしたっけ、俺」




沖田に脅されてすっ飛ばして運転してきたのだろう、
運転手はまだ少し青ざめている。
「そうご、けーきかってきてねってさがるおにいちゃんが」
「いいですぜィ、何でも好きな物を」
別に二人きりでデートするわけじゃないのだが、沖田は勿論そんなことは言ってやらない。
いつもどおり抱っこしたままのこひじちゃんを全力で可愛がっている。
こひじちゃん、やっぱ強い旦那に憧れがあるのかなぁ…
原田は何となく、副長は大きくてもちっちゃくても強い男が好きなんだろうなと考える。
でも沖田隊長も可愛がってるからなぁ…まぁタチが悪いけど無茶苦茶強いし。
どちらもなかなかいい男だと思う。
松平長官あたりにバレたら蜂の巣だな、と聖夜に物騒な想像をしてしまった原田はちょっと身震いする。
銀時に心の中でエールを送りつつ、
助手席の原田は苦笑いしながら、緊張気味の運転手に労いの言葉をかけ、安全運転でな、と囁いた。



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