部屋とシャツと君と。





「ん………」

ぱちりと目をあけてから空気が冷えているのを感じた。
流石に春先とはいえ、裸では寒い。
シーツの中の肌は下着に包まれていたが、防寒には薄い。
意識すればより肌寒く感じられて、ふるりと震えた。
寒さは傍らで眠っていた男が居なくなったせいだ、と思いあたってなんだか恥ずかしくなって。
跳ね除けたシーツを押しやり、真横にあったシャツを手繰り寄せる。
そのまま素肌に羽織ると、そんなに荒い動きでもないのに身体が少し揺れた。
「ッ……」
痛みというよりは、甘だるくて、といったほうが良いかもしれない。
振り切るように見渡すが、目当てのものは無い。
足音に反応するより前に、安堵してしまうのは反射だろうか。


「土方君、だいじょうぶ……って!!!」
いきなり銀時が手の中のものを床に落とす。
ごろごろと転がったそれは俺が買ってきたミネラルウォーターのボトル。
拾い上げると、顔を紅くしたままで何故か目を背けている。
「おい、俺のズボンはどうした」
銀時がちらりと視線を寄越してから、またかくかくと可笑しな動きをした。
それから意を決したようにこちらに向き直った。
「…ごめん、あの、洗って干してる…」
「洗う?クリーニングに出すから構わねェぜ」
「や、その前の段階。ほらやっぱあれがついたままなのはマズイでしょ」
「あれ……って」
昨夜の記憶が思い出されて思わず押し黙る。
そうだ、この馬鹿が、服を完全に脱ぐ暇も与えずに押し倒してきやがって……
むかむかしてきたので睨むと、流石に悪いと思っているのか情けないへらりとした笑いをされて拍子抜けする。
コイツが素直だと、あんまり怒れない。
俺もヤキがまわったのか?

「というか土方君、その、シャツだけ…?」
幸いにも無事だった隊服用の白いシャツを指差して…なんで震えてんだ?
「これくれぇしか着るもんがねぇんだよ、誰かさんが汚してくれたおかげでな」
ふん、と言い切ってやると何故かさらに赤い顔をした銀時が、
「グッジョブ、俺!」
わなわなしながら小さくこぶしを握った。
んだってんだ。
「テメェ!なに喜んでんだ?ぁあ?」
近づいて襟首を掴んでやってもちっとも怯まないのが腹立たしい。
舐めてんのかよ。
「や、ほら、心の声が外に出たって言うか……エロイ土方君は最高っていうか」
「何訳わからねぇことぬかしてんだ、この天パ」
相手にするだけアホらしいので、とりあえず部屋を見渡す。
背後でなにやら喚く男は無視して、視線を落とせばくちゃくちゃのシーツと散乱している酒瓶に目がいって、
あまりの惨状に頭が痛くなる。
しかも。
「テメェ、こんなとこに下着脱ぎ散らかしやがって……」
アホらしい柄の下着をひょい、とかがんで拾い上げると背後から。
「ああッ!!」
奇声を上げた銀時を振り返れば何故か挙動不審。
「なに大声出してんだよ……」
「いや……うん……知ってるけどね。土方がわざとそういうことが出来る子じゃないってよくわかってるけどね。
や、わかってるから問題っていうか……うん……生足もいいけど、チラリズムは最高っていうか、エロイっていうか、うん…」

「…頭大丈夫か?」









台所のまな板の上で銀時の指が起用に動く。
何をやらせても一通りこなせる男だが、なかでも料理の腕はたいしたものだと思う。
自業自得とはいえ起き抜けに洗濯をさせているので飯くらい作ってやろうかと思うが、
俺より明らかに腕のいいコイツは果たして喜ぶのだろうか。
刃物を使っているから、驚かせないように傍にそっと立ってみると銀時が笑って見つめてくる。
「ね、これ切って」
「おう、てかおまえ、休んでなくていいのかよ」
「ん、へーきへーき」
受け取った銀色の刃は意外にもずしりと重い。
料理は好きでも嫌いでもない。
「でも何か新鮮」
機嫌よく銀時が言う。
「台所の新妻って感じ」
「馬鹿抜かせ、ほら、あっちで座ってろ」
「え〜もっと新妻のお料理見てたい〜俺のために苦手な料理を頑張る新妻って最高じゃね?」
満足げに言い切った銀時に頭が痛い。
アホじゃねぇかコイツ。大体。
「べつに、テメェのためにじゃねえからな。俺も食うんだしよ」
そうだ、別にコイツのためとかそんなんじゃねェし。
ふい、と顔を背けると。
一瞬沈黙。
怪訝に思って振り返れば。
銀時が眼を見開いて、じわじわ赤くなる。
「……も、どうしよう、この理想的なツンデレは……」
「何か文句あんのか」
「文句って言うか、ほんと最高です…」
わけのわからないことをもごもご言う馬鹿はほっておいて、集中する。
料理というのは成功させるにはとにかく真剣にやらなければならない。



何とか形になった料理を運ぼうとすれば、銀時が先回りしている。
なんだか、こういうとき敵わないと思ってしまう。
女が喜びそうだ、と考えて何だか胸の辺りがおかしな音を立てたので考えるのはやめにした。
勢いのままソファにどかっと座ると、
不意に目の前で座っていた銀時が茶碗を取り落とした。
「おい!大丈夫か!?」
割れてはいないようだが、珍しいこともある。
「や……うん…足開きすぎだよ、や、いいんだけど…」
足がなんだってんだ、と思いつつもとりあえず癖で足を組んでしまう。
剥き出しの足は意外と開放感があっていい。
露出狂じゃねェが、男は隠すもんなんかねェって近藤さんの気持ちはちょっとわかる。
ちょっとだけな。


向かい合って食事しているというのに、いつもより口数の少ない銀時に不信が募る。
何となく上目に伺ってみるが、ちらちらと視線が彷徨うばかりで挙動不審さがひどくなっている。
「………不味かった、か……?」
不安になって尋ねたが銀時は首を振った。
こいつは普段は人を怒らせたりからかったりするくせに、何だかんだで優しいから黙っているが、
もしかしたら口に合わないのだろうか。
なんとなくしゅんとした気持ちになってしまう。
情けねェ。
見つめると銀時は一層挙動不審になった。
やはり不味かったんだろう。
俺まで箸がとまりそうだ。
「……や、銀さんはさ、うん。積極的な女とか、計算高い女とか嫌いなわけよ、やっぱさ」
「何言ってんだ」
「その分ね、こう無意識とか無自覚とかに弱いのよ。しかも明後日の方向に勘違いしちゃうその純情っぷりとかね…」
「なんだよ…わるかったって。料理は慣れてねェんだよ」
「……お前がヤバイのは知ってたんだけどね。ほんと兵器だね、もうヤバイよ危険物だよ。
銀さんの銀さんがもう、装填完了だからね。昇天しそうだからね!!!」

「そんなに不味かったのかよ……」
危険物って。

「あー違う違う!!おま、ちょ、何ちょっと泣きそうになってんの!可愛いけど!!!
やめて、銀さんドエスだけど流石にそういうのはヘコむから!!!嫌われたら耐えられないのよ!!!ちょ、違うからね!!」
「うっせ…泣きそうになんかなってねェよ……ばかにすんな」
「ああああ、も、ちょ、本当にこの子は!!!!」


慌てた銀時が隣に来る。
「も、違うって!!!おまえに見惚れてたの、正確にはお前の生足に!!!」
「見え透いた嘘つくんじゃねェよ……」
そのまま肩を抱かれて胸に顔を押し付けられた。
「ちくしょう、泣いてなんかねェっての……」
「あああああ」

がばりと身体を離されてじっと見つめた、かと思えば。
いきなり押し倒される。
ちゅ、ちゅ、と機嫌を取るようにキスをされて段々身体に力が入らなくなってくる。

「んー……ごめんね、ほら泣かないでって」
「うっせー…こっちみんな……」

別に泣いてなんかいねェし。
っつーか。

「……なんで脱がすんだよ」
ぷちぷちとボタンを外されて流石に我に返った。
「や…まぁ、ね。もう限界だし、チラリもいいけどやっぱポロリがね…」

不覚にもあっさりとシャツを肌蹴られ、
怒鳴ろうとしたが上手く言葉が出ない。

「結局ヤんのかよ!!!」
「ヤるだろそりゃ!!!」

意味判んねェし……

「うっさいわ!おまえもうエロ過ぎんの!!もうオマエは白シャツを着るな!!!」
「ハァ?隊服のデザインは決まってるっての!」
「シャツ一枚とかホントもう…」
「アホか!!屯所でもこうだっつーの!!!」

その瞬間。
ぴたりと銀時の動きが止まった。

「ハイ?」


「だから…屯所でも…」
「ね、もう一回言ってくれる?屯所でもって…ナニ?」
「や……その…」
怖ェ…なんか凄ェ力込められてるし…何なんだよ…
顔怖ェよ…


「土方君はこんな破廉恥な格好を屯所の狼共の前でしている、と。そーかそーか」
「は…破廉恥って何だ!!」
「破廉恥でしょ。しかも卑猥でエロい」
「ふざけんなァァ!!!」
「コッチの台詞じゃボケェェェェ!!!!」
キーンと耳鳴りがするほど怒鳴られて眉を顰める。

「ただでさえね、おまえはあぶないってのに……」
ぶつぶつ呟いた銀時に身の危険を感じたが。

「さぁて、自覚が無いならしょうがない」
コキコキと首を鳴らしながら銀時が迫ってくる。

「お前が誰のもんか、よーく思い知らせてやるよ」



……遅かった。俺としたことが。

本気を出した銀時から逃げられるわけも無かった。
でもやっぱりよくわからねェし。





…だからってこれは酷いんじゃねェだろうか。
さっきからずっと。
「なんで足ばっか…舐めんなッ…」
「だぁめ、マーキングしとかないとお前平気で足晒すんだろ?許可できません〜」
踵を口に含まれて思わずぞくりとしてしまう。
こんな所が感じるなんて知らなかった(知りたくなかった)。
「も、やだってーの…」
「ちっさいかかと〜」
「ばっか…テメ、ふざけんな!!ヤメロ!!!っつーか汚ェ!」
「ん〜どこがァ?さっき綺麗に洗ったじゃん」
「っ…」
踵を噛まれて信じられないことにゾクゾクする。
あぁ、んな変態に…なんで惚れ……てんだろ…何か泣きそうだチクショウ。

「ね、土方君」
「…なんだよ」
「今度はシャツだけ着てしようね」
「なんだよ、それ…」
「気に入っちゃったんだもん」
「わけ、わかんねッ…」


「ま、疲れてるだろーし?可愛い足にチューするだけで勘弁したげるから、暫くはシャツ一枚でふらふらしないこと」
「出来ねェよ…んな痕つけられたらッ!」
「うん。そーだね」
「なにニヤニヤしてんだよ」
「べっつにー」

クソッ…なんか、癖になったらどうするよ、俺。
結構足も気持ちいいし。
恥ずかしくてんなことぜってー言わねェけどな!













おまけ



幸運というのは日常において唐突に降ってくる。



「おい、山崎、サイズあってねぇぞ」

土方十四郎はシャツを着込んだところで、隊服のズボンのサイズがあわないことに気付いて。
あろうことかシャツ一枚で山崎を探し歩く。
奇声をあげる隊士を視線で一刀両断したまま、実に男らしい歩みが続く。
「ふ、ふくちょ…その…」
隊士達がおそるおそる集まってくる。
「あ?テメェら、集まってねぇで仕事しろ」
怜悧な美貌に吐き捨てられて身もだえした男達に戦線離脱はありえない。
ぎらぎらと異様な熱を孕んだ目で見られて、流石の土方もやや後ずさる。
本能的な何かが、警戒音を鳴らしているのだが、理由は不明だ。
「沖田隊長〜副長が…」
山崎が情けない声を出した。
「まったくとんだ猥褻物ですねぇ、歩く18禁が」
沖田がだるそうに髪をかき乱しながら歩いてくる。
「何抜かしてんだ。あ、またサボる気だろお前」
「イヤだねィ。アンタの貞操を護ってやろうって俺の仏心をなんだと思ってんだよ」
「わけわからん言い訳してねぇで早く支度しろ」

「ったく……あ」

視線が集中したまさにその瞬間に。
「おい総悟、落としたぞ」
土方が床のペンをかがんでひょいと拾い上げると背後で隊士が奇声を上げた。
何なんだ?と土方は首をかしげた。

「ひ、土方さん…とりあえず、下履いてください」
「ん、ああ…」
「着替えならお持ちしますから、とにかく部屋に戻って!!!」
物凄い剣幕で押し切られ、意外と素直な土方はあっけにとられたように頷いた。






「おい、さっきお前見えたのかよ?!」
「あ、あ……」
「テメ、羨まし過ぎるぞ!!どうだった?あのひとの下着」
「覚えて、ない…なんかでも足白くて綺麗だった…太もも」
ふともも、という響きに一様に黙り込む。
「副長の太もも見られるなんてラッキーだなおい」
「ああ、何で俺あんとき背後にいなかったんだろ!!」
「だよな、絶対あれ中身見えたのに!!!」



「俺がいるの忘れてねェかお前ら」
にっこり、悪魔の笑いをした沖田が何をしたのか、
土方は結局知らない。





また、話は冒頭に戻る。




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