ソファに座っていた十四郎の真横に座ると、キスをする。
銀時、と呼ばれて獰猛に笑う。
咎める響きの手前の声。
細い腰を支えたまま、逃げられないように片手で首を引き寄せて囁く。
困らせることをしているという自覚はあった。
「どうして?金時にはゆるして俺は駄目?十四郎」
「って、昨日も……あんなに……」
弱くなる語尾に、つけこむチャンスを得た自覚。
金時に、眠る前にしてたことを、昼に俺がするのに不健全なことがあるか?
「足りない」
「ぁ……だめ、だ、って……」
深い口付けに腰が少し崩れ落ちるのが手の感触でわかった。
金時は今夢の中だ。
夜の仕事をしている以上、時間軸のズレは歴然としている。
別におかしなことをしているわけじゃない。
夜に遊ぶ男よりよっぽど健全だろ。
恋人同士が抱き合ってキスをするのになんの問題があんの?
な、大丈夫、誰も見ていないよ。


抱き合えばもう俺の思う通りだ。







数時間後には十四郎が眠ってしまった。
無理はないよな、金時の野郎を夜送り出して、出迎えたのは早朝だし。
俺はアイツに構う義理はないから惰眠を貪ったけどな。
膝の上に乗せた可愛い頭が少し動いた。
「ん…」
すうすう寝息を立てたままの十四郎をソファに寝かせておくのは趣味じゃない。
風邪を引いたら大変だから。
だが俺の膝の上にある重みは幸せな重さで、ついそのままにしてしまった。
実際、空調は完璧に設定してある。
裸でだって暮らせるだろう。
起こしてしまうのは可哀想だ。
そっと髪を撫でて、
「…おう、おはようさん」
小声でドアから入ってきた男を見上げて言う。
動けない俺の状態を一瞥すると、片手をひらりとあげただけの金時は素早く十四郎の顔を伺う。
「……なるほど、今日は眠り姫か」
そのまますっとソファの足元に跪いたかと思えば、膝裏に手を入れ、十四郎のけして貧弱ではない身体をひょい、と危なげなく抱き上げた。
うわ、お姫様抱っこ。
こいつに貢いでる女の子なら失神するね。
でも相変わらず十四郎はうつらうつらしてるだけだ。
失った重みがなんだか惜しい。
意外にも幼い寝顔に頬を摺り寄せて幸せそうに金時が見つめている。
仕方なく立ち上がって、すっとドアを開けると金時が目線で礼を言い、俺はその後に続く。
十四郎の長くて綺麗な足がぷらぷら揺れてる。
可愛い動きだ。
間接照明だけのベッドルームに入れば、一気に夜が濃くなる。
そっと金時が十四郎の身体をベッドに横たえて、息を吐く。
大事な身体を包むシーツは昨日かえたばかりの清潔なもの。
そっと髪を撫でたら、少し十四郎が身動きした。
ごめんね、起こしちゃわねェようにするな。
おいおい睨むなよ金時。
お姫様はおまえのだけじゃねェんだぜ。

「…寝顔可愛いよね」
「普段は美人なのにな」
「あ、今ちょっとくしゃみした。かわいい…」
「寒いんかな、ちょっと空調上げるわ」

金時が立ち上がって背を向けたのを見て、俺はそっと十四郎の唇を奪う。
柔らかくて、気持ちいい感触に目を細めてしまう。






ぼんやり起きてきた十四郎に食事を摂らせてから、退屈しのぎのゲームに興じた。
ビリヤードが似合いすぎる金時に含み笑い。
派手で女ウケがいいものはなんでもこなせるなんてのは最早お笑いだ。
天性のジゴロ。ヒモかホスト以外似合わねェ。
十四郎は真面目に見つめている。
「で、ここでショット」
キューがコン!と鋭く軽い音を立て、放射線状に広がった球は正確に手元に残る。
「凄ェ!!金時、も一回!!」
金時の最愛の生徒は覚えがいいが、まだまだビギナー。
食前酒のせいで酔っているのかへにゃりとした身体を台にもたれさせてご機嫌にわらう顔が可愛い。
ビリヤード台は金時のオーナーからの贈り物だ。
あまり使わないが、十四郎の大きな玩具になっているから良かったのだと思う。

休憩を入れた金時に変わって、今度は俺が講師を務める。
といってもゲームの変更。
俺が一時期ダーツバーに凝っていたから遊戯室として一部屋改装したときに、どうせならとダーツのスペースも入れた。
最近は結構流行っているらしく、金時も練習している。
見た目にはあまり派手ではないから望まれて披露した時に恥ずかしくないレベルどまりで。
ナンバーワンホストの金時はそこそこ有名人で雑誌の取材なんかも多い。
夜の遊びに精通している、という触れ込みに遜色無いよう、バーやクラブで催される一通りの遊戯はこなせるようにしているらしい。
夜遊びなんて、十四郎がいる今何の興味も無いだろうが。
気に入りの矢を見つめる十四郎の視線は色っぽい。
その矢なら、たとえ刺さってもいいね。
なんて。
後ろから抱き包むようにして、十四郎の手をとる。
「そう、まず狙いを中心に、でも身体は絶対ぶれるから、手を的に向かって真っ直ぐにするのは難しいよ…」
耳元で密やかに交わされる会話にも、十四郎は真面目に頷いている。

金時がペリエを呷った後、わざとらしく唇を動かす。
(おまえ、キスしたいと思ってんな)
唇を読めば金時がニヤッと笑ってくる。
俺はそれに眉を少し上げただけで返す。
当たり前だ。
こんな近くにいるのに、思わないほうがおかしいだろ。
お前だって、恋の矢なら刺されたい、なんて馬鹿みたいな、いや、俺も同じか。
そんなこと言ってただろ。
「手首からは固定して、そう、そのままスナップを使って…」

スタン!と音を立てて矢が刺さった。
なかなかの腕だ。

ぱちぱち、優雅な音が響いて。

金時は拍手を贈りながら少し上擦った声で言う。
「巧くなったね」
十四郎は嬉しそうに少し頬を紅くさせていて、その真剣さが可愛らしく。
ゲームは結局朝まで続いた。






プレイ後にシャワーで軽く汗を流してから、着替えを持ってくる。
水分を取らせた後、
「はい、腕上げて」
白い清潔なシャツに腕を通したのを確認して、前に回ってボタンをとめる。
服を着せてやるのは俺の役目。
「おいで」
にっこりと笑うと囁くような声で金時が空いた自分の足の間に十四郎を座らせる。
「髪のセット、しようか」
声まで微笑んで、ゆっくりと髪をタオルドライしだす。
金時に後ろから抱っこされたまま、十四郎は特に異を唱えることもなくされるがままだ。
「さらさらだね、良い匂い」
上気した肌にコットンのシャツを羽織ったまま、手持ち無沙汰にしている。
緊張しているのだろう、心が何処かにいっているときの顔だ。

ああ、そうか。
「今日は医者が来る日だもんな」
はしゃいでいたのは緊張を誤魔化す為だろう。
「俺、今日は休みとってあるから」
金時が十四郎の髪を撫で付けてやりながらあっさりと言う。
歌舞伎町ナンバーワンホストがこんなんで良いのか、と思うが良いわけが無いとオーナーは言うだろう。この男には言うだけ無駄だと理解しているだろうが。
「…ひとりでも平気だぜ?」
乾いた声で十四郎が言う。
仕事でもしないような優しげな声を道連れに、にっこりわらいかけた金時が十四郎の頭を撫でた。
「……心配なの」



back