killing me softly






金時の趣味と仕事上の必要性から、室内にはキッチンの他にバーカウンターが作られている。
くるくると立ち働くのを何となしに眺める土方に向かって、
バーカウンターごしに引き締まった腰に黒いエプロンをした金時が微笑む。
「何か飲む?」
金色の髪を少し傾けて、グラスを絵になるしぐさで軽く振れば。
「……ドライマティーニ」
低いが魅力的な声が応じた。
「はい、お客様」
向かい合って座るのは、金時にとってお客様というよりもお姫様。
だが素直に口に出せばご機嫌を損ねてしまうだろう。
オーダーは姫でなく王のそれ。
背伸びする少女のような愛らしいイメージにこっそりと微笑みながらも手早く動く。
水を入れて角を取った氷の入ったミキシング・グラスにドライジン、ベルモット、オレンジビターズを優雅に注ぐ。
「お姫様」に見つめられる中、金時の節ばった、だが器用な指先がすべてを流れるようにステアして片手でレモンピールを絞る。
「オリーブも」
サービス、と笑いながらカクテルピンにさしたオリーブが滑り込む。
「本格的だな」
土方がグラスを見て微笑むと、片肘をついた金時が女が狂喜するような強烈にセクシーな笑みを見せる。
「酔っちゃいそう?」
「酒は弱くないぜ」
強くも無いよね、と内心微笑む金時に構わず、土方はオリーブのピンをつまみ、開いた口に放り込む。
のぞく舌にぞくりと性感が煽られるのは仕方がない。
あの柔らかくて紅い舌を吸って、恥じらう十四郎をいっぱいかわいがって楽しみたい。
この距離、キスがしたくなる。
なんて、おくびにも出さずに微笑んだ。
「そう?じゃもう少し強めに作ろうかな」
「んだそりゃ」
「あれだよ、『女房酔わせてどうする気?』って」
「言ってみたいのか」
「言わせてみたい」
くすりとわらって、土方が呆れたように囁く。
「……俺を酔わせてどうする気だよ」

無自覚に色を乗せた目で見られてぞくんとする。
うっわ、凄いな。
めちゃくちゃエロイ。
なんてやっぱりおくびにも出さずに金時は髪をかきあげて少しわらう。

「やらしいことする気、かな」
「かなってなんだよ、かなって」
「だあって、口に出したら十四郎逃げちゃうもん」
「もんて言うな、いい大人が」
「えー、女の子は可愛いって言ってくれるのにぃ」
「っは、オマエ俺に可愛いって言われたいのかよ」
また、無防備にわらった十四郎は滅茶苦茶にしたいくらいに可愛い。
黒いシャツから覗く鎖骨に視線をさりげなく落としても、気付いていない。
言われたいかも。
だって、俺を可愛いって言う女の子は俺に全面降伏だし。どんなことだってするし、させるし。
俺が雄だって忘れてるのかもね。
王の貫禄で飲み干す仕草に姫の自覚は無い。
あぁ、十四郎の全面降伏は当分見られそうにないね。
それもまた、楽しいんだけどさ。

外したエプロンを椅子にかけるとジャケットを羽織った。
店で着替えるにしても、同伴相手には完璧な姿を見せなければいけない。
お客様には常に完璧な坂田金時を。
俺につられて柔らかな動きで立ち上がった十四郎の身体は綺麗にゆれた。
少し染まった頬に酔いの訪れが見える。
ナイトキャップにマティーニは相応しくなくとも、酔った様はひどく絵になる。
銀時が買い与えたというシャツは細身で、よく似合ってる。
すらりとした身体にフィットするデザイン。
視線でその下をなぞってもバレない。
「いいね、そのシャツ、脱がしたくなる」
「なんだそりゃ。いいから、ちょっとこっち来い」
素直に近づけば良いことがある。
素敵なご主人様のご褒美を待つ犬みたいに大人しくしていれば。
「襟…歪んでる」
「ん……」
十四郎の白い指が綺麗に動いて、俺を完璧な歌舞伎町ナンバーワンホストにしてくれる。
よし、と口の中で小さく呟く声は愛情に溢れていて愛しい。
仕事の時間が近づいている。

「…気をつけてな」
「うん、いってきます」
軽い口付けは音を立てる。
毎日キスするのは忘れずに。
ドアを開ければ仕事の顔。
ここで見せるのはとっておきの俺だって、気付いているかな。







夜の名残を振り返ることも無く、俺は出来る限り急いで帰る。
同伴はしても、アフターはしない。
家に帰れば十四郎が笑顔で出迎えてくれるから。


仮面を剥ぎ落としてドアを開ける。
迎えに出た身体にもたれかかれば呆れた声が返るが、十四郎は俺を冷たく突き放したりはしない。
「もう呑めねェ〜だめ、すっげ酔った…」
嘘。俺は酒には強い。
それにナンバーワンのヘルプは半端無い数だ。
でも、酔った相手に優しい十四郎に、使わない手は無い。
「ほら、水飲め」
「ん…」

冷たい水が少しだけ俺を正気にさせる。
もう少しで、差し出してくる手を捕えて口に含んでしまうところだった。
軽い酔いは俺を欲望に忠実にさせる。

「お疲れさん。もう寝るか」
「わかった、でも」
腕を、力をこめ過ぎないように注意しながら引き寄せた。
緩やかに見えてしっかりと引き寄せられ、酔っているのに俊敏な動きに一瞬びっくりしたのだろう、十四郎は瞬きする。
構わず、引き寄せたままちゅ、と軽く口付けて微笑む。
無防備な微笑みを見せた自覚はある。
当然のように頬が赤くなった十四郎は。
「…酒くさい……」
拗ねたような声で言う。
「ごめんね」
すりっと頬を寄せると十四郎がくすぐったそうに小さくわらう。
どんなに酔っていてもお休みのキス、は忘れない俺を面白いとからかいながら。



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