ハニー☆バニー!!



「…新八君、恋人の定義って何だと思う」

万事屋のソファにふんぞり返った雇用主の言葉に呼び止められた新八は、掃除の手を休めることなく顔を歪めた。
「銀さん……」
黒いどよんとした空気に耐えかねて定春と神楽は外に出てしまっている。
「もう3週間も会いには来ない、電話にも出ない、さてこれが恋人といえるのでしょうかねェ」
ふふ、ふふふ…とぶつぶつ呟きながら言う銀時に新八の顔がさらに引き攣った。
「……銀さん、そもそも恋人じゃなかったってオチじゃないんですか」
「…………」
「黙らないでくださいよ、アンタ、最近ぶつぶつ言ってると思ったらそれだったんですか?
妄想が行き過ぎて変になったなら病院行ってください」
冷たい新八の視線にもめげず、銀時は呟く。
「黙れメガネ童貞。大体おかしいんだよ…街んなか歩いても見かけねェし。具合悪いなら尚更心配だってのに、どうして連絡取れねぇわけ?俺なんかした?」
「…メガネはともかく童貞で悪かったなァァ!!!って聞いてくれてないし。アンタ恋人なんかいないでしょ。もしかしてストーカーですか?やめてくださいよ、近藤さんじゃあるまいし」
思いっきり軽蔑しきった顔で吐き捨てる新八に。
「今ゴリラの名前を出すなァァァ!!!」
「ちょ、うわッ!!!!!暴れないでくださいよ!!!危ない!!!銀さん、そんなに恋人が欲しいならさっちゃんさんにでも言えば…」
言い終わる前にバキャっと酷い音がして天井が抜けて。
ごろごろ身悶えるのは最早天井裏の主と化した。
「あぁ〜ん!!!銀さんたら!!!もう、そんなの早く言ってくれればァ」
「家壊さないでっていうかいつからいたんかいィィ!!!!」
木片を髪につけたままで悶える塊に律儀にツッコんだ新八はふと。
「あれ、銀さん……?」

何時の間にか姿を消した雇用主に気付いて頭を抱えた。
「僕が片付けるんですか……」





見回り中の原田の無線に切羽詰った連絡が入った。
『大変です!!原田さん、万事屋が屯所に侵入したそうです!!狙いは一箇所かと!!!』
「何?!見張りはどうした?」
『やられました!!!』
原田は実に情けない応酬に頭を抱えたが、
一連の騒動であの男の強さを知っている身としては叱るに叱れない。
さらに今日は屯所には近藤も沖田も居ない。
松平からの呼び出しとテロ予告の重なった嫌な事態は、だがある意味予測の範囲内だった。
遅かれ早かれこういう日が来ただろう。
テロリストの襲来じゃなかっただけまだありがたい。
「で、万事屋はもう副長室に辿り着いたのか」
なかば諦めを滲ませた原田は同乗していた相手に視線を送ったが、普段は冷静沈着な若い男も青ざめている。
「原田さん、我々も戻りましょう」
頷こうとしたとき、
『うわ!!』
ぶっつりと途絶えた無線に、おそらく相手はやられたな…と原田は遠い眼をした。
「あの、副長大丈夫でしょうか…」
「大丈夫っていうか、ある意味旦那が大丈夫かっていうかだな」
ぶるりと若い男は身震いをした。
「山崎さんがついてますよね……流石に屯所で犯罪行為は……まぁ、不法侵入がすでに犯罪ですが」
「ああ、まぁ多分何とかするだろうが…」
「あのお姿、ですしね……」

車内は重い沈黙に包まれた。





大体おかしいよ、普段俺がどんだけ譲歩してるかアイツは全然わかってねェ。本当ならさ、毎日ちゅーして電話して夜はにゃんにゃんしっぽりがっつりいきたいのを大人の余裕っての?忙しいお前のために我慢してやってんじゃん。なのにさ、3週間も電話にも出ないわ、会えないわ、怒るよ仕舞いにゃ、ていうか見回りもしないって…ひょっとして避けてる?俺避けられてる?嘘?冗談だよね冗談て言ってェェェェ!!!

スッパァァン!!!と開けた障子の向こうは。

桃源郷だった。

だって。
あの土方が。
「は、あ、ああああああああ?!!!!!」
思わず自分の頬を一度つねってみる、何てベタなことをした。
「痛ェ、ってことは夢じゃねェよな…」

ぽつんと座っていたのは黒い兎だった。
いや、兎の耳をつけた土方だった。
バニーちゃんだった。
着流しだけど。
網タイツ履いてくれないかな……
オーバーヒートした脳内で、それでも情報を素早く処理すべく、
目的の全身をつぶさに、舐めるように観察した。

私服の着流し姿、ちょっと見ない色男、見かけはほぼ、土方だ。
だがその頭上には黒いふわふわの兎の耳がついて、声のするほうへ揺れている。
正確には横に山崎もいたのだが、暫く視界に入らなかった。

ふよん、と罪深いふこふこの耳を揺らしながら土方は不思議そうに銀時の顔を見つめている。
可愛い、そう思ったと同時にカッとなった。
「おま、あんだけ俺が頼んでも全然コスプレしてくれなかったじゃん!!!
なのになんでザキごときの前でそんな格好してんだよ!!!!!」

突然の来訪者に固まっていた二つの影が、ぎしりと動く。
「大体こんなモン…」
ぎゅっと耳を掴んだ瞬間。

「やぁ!!!」
ぴくん、と身動きしたあと、こっちの腰が砕けるくらい甘い声をあげて、土方はそのままぺたんとその場に倒れこむ。

「え!?ちょ、まってこれ……」
掴んだままの耳をきゅうっと握ると、
「ぁ……」
悩ましい声をあげて息も絶え絶えといった様子で、土方がうるんだ目で縋るように銀時を見た。
「これ、あったかいんだ、けど……」
ぴくん、と手の中の耳からは確かな熱と脈動が伝わってくる。

「旦那、とりあえず離してあげてください」
「あ、ジミーいたの」
「山崎です。もうどうでもいいですけどね。っつーか最初からいましたけどね…とにかく、手、離してあげてください。
痛いですって」
「ね、これって」
「ええ…作りモンじゃありませんよ」
「何がどうしてこうなったのか40文字以内で説明してくれない………」
「副長に邪な感情を抱いてる幕僚が、天人から買った兎化する薬です」
「……何のためにそんなもんあんの?」
いや、まぁ、可愛いし、需要がありそうな気もするけどさ。
「………さぁ」
何か知っているような顔で山崎は後ずさった。
「おい、ジミー、隠すとためにならないぜ」
「だから、ウサギは性欲強いじゃないですか」
「は?」
「ウサギってほっとくと滅茶苦茶交尾するんですよ、で、強精剤っていうか、
バイアグラみたいなもんを開発しようとしてた過程で出来たみたいで」
「……それを俺のハニーに飲ませてバニーにしてぱくっといく気だった、と」
「生々しい表現やめてくれません!?副長は箱入りなんですよ!兎ちゃんだけに!!」
「テメ、何どや顔してんだムカツクなこのヤロー!!!」
襟首を掴んで絞め殺そうとして、ぎゃんぎゃん叫んでいると。
「う……」
土方に、突如ぽろぽろ泣かれて固まる。
ていうか可愛すぎじゃね?!
「え?!俺なんかマズイことした?!泣くなって!!!ごめん、ごめんな!!!」
「あー、副長、おやつにしましょう!にんじんとマヨネーズ」
山崎が差し出した器には綺麗に野菜のスティックが盛られている。
途端に元気になった土方がぽりぽりとにんじんをかじる音がする室内で、
男二人が顔を付き合わせる。

(駄目ですって旦那)
(なになに、どゆこと?)
(ちいさいどうぶつをびっくりさせちゃだめなんですよ)
(大声出すなってこと?)
(あと、あんまりむやみに刺激しないでください。ただでさえデリケートなんですから、副長…うさぎは)
(だってオメー、ハニーがバニーだよ、叫ばずにいられるかよ?!)
(何ちょっとどや顔してんですか!!俺もちょっと思いました…じゃねーや、
とにかくあんまり大声出さないでくださいね。泣いちゃいますから)

ぴるぴると耳を振りながら、見れば可愛いお尻の辺りで布に隠れたしっぽらしきものが動いている。
それがまた、ぺろんと捲っていつまででも眺めていたいような可愛いぴこぴこした動きなので。
「こ、こんな、かわいい生き物を狼の巣に置いておけません!!!」
すかさず山崎のツッコミが入る。
「狼は旦那でしょ」
「ばっか、オメー俺は良いんだよ。愛されちゃってるから!なぁ、土方」

にんじんとマヨネーズに夢中になっていた土方は振り向くとぱちりと瞬きをした。
なに、というように土方が首を傾げると。
耳がふよ、と動いた。
「ごふっ!!!」
瞬間的に呻く銀時の前でさらに黒いふわふわの耳はふよ、ふよん、と揺れている。

か、かわいいいいいィィィ!!!!!さわりてェェェェ!!!!!
声に反応してるんだろうけどさ、可愛すぎっだろ!!!
ちょ、やば、鼻血でそ……

ふよん、と罪深いふこふこの耳を揺らしながら土方は不思議そうに銀時の顔を見つめている。
「ね、何でアイツしゃべんないの?!俺怒らせた?」
「兎は殆ど鳴かないですから」
「ていうか兎にしちゃ大きいって。これはぜひうちに来るべきだよ。うちには定春ってデケェ犬もいるし、寂しくないぜ」
「別に兎が小さいって決まったわけじゃないですよ。
大体ペットショップでいうミニウサギってのはドワーフ系のいわゆる雑種で、大きくなるのもいるんですよ。
あ、勿論土方さんはネザーランドドワーフの純血種、ブラックかブルーの綺麗で高級な血統だと思いますね」
ふふん、と意味も無く得意げな山崎を無視して銀時は話し続ける。
「ああ、絵本の兎な……ところでジミーオメェ、水飲ませなくていいのかよ?もうコップ空だぜ」
「あ、そうですね。ていうか行こうとしたらアンタが乱入したんですよ!副長、少しはずしますね」

その瞬間。
「行くな」
土方からきゅっと裾を掴まれて、山崎はだらしない笑みを浮かべる。
「だいじょうぶですよ、副長。すぐ戻ってきますからね〜」
「な、な、なにやってくれちゃってんのォォォ!!!!」
瞬間、びくっとした土方がまたうるうると大きな眼を潤ませる。
「あ、ごめんね、ごめん!」
「旦那!!なにやってんすか!!」
「それはこっちの台詞だっての!!なんでジミーにまで甘えるわけ?!堂々と浮気ですかコノヤロー!!」
「さみしいんですよ」
「は?」
「だから、うさぎはさみしいの駄目なんですって」
「さみしいの駄目ってお前……」
ふと、銀時が口を開く。
「土方、俺出てったほうが良い?」
途端。
ふよん、と土方の耳が揺れ、内心の心細さを表すように頼りなげにぺたりとへたった。
「いやだ……」
この顔を見て、出て行けるようならそれは不能者だ。
わけのわからない納得をして、銀時は目をいつもよりキラめかせた。
「愛してるよ、十四郎。俺はずっとお前の傍にいるから」
寒い告白に凍りついた山崎を尻目に、
銀時は土方の頬がぽわん、と赤くなって耳がふよふよ揺れる最高の瞬間を目に焼き付けた。




山崎を追い出してから見つめあえば、照れ屋なのは変わらないのか、
土方ウサ、いや土方は落ち着きなく耳や尻尾をふよんふよん、ぴこぴこ揺らして銀時を悶絶させ続けた。
「だ、」
「ん?」
「だっこ、しろ」
え?
ふよふよ、可愛らしい耳が動く。
ぎゅっと追いすがって抱きついてくる柔らかい身体。
鼻血が出なかっただけ俺は偉いと思う。いやマジに。
今世紀最高の瞬間は今まさにこれじゃないか?
全身をさわさわとまさぐっても、土方は耳をふよふよさせて喜ぶだけでちっとも抵抗しない。
近頃良いことしたっけ俺?

良いこと、どころか色々やらかしたわけで、
運命の神たるものがいればどの口が言うのかね、
とでも言っただろうが、二人きりではそれも無い。

きゅうっと抱きしめたら、
「ん……」
なんとも悩ましい声を上げてバニーちゃんは鳴いた。
「もう、これはあれだ。据え膳だよ、うん」
ぶつぶつ言う銀時に、どしたの?
とでも言いたげに土方の耳がふよよんと揺れる。
「可愛い……かわいすぎて死にそう……」
ぴくん、と動いてまた土方は目を潤ませた。
え?
あ、そかそか。
「ごめんね、死なないから!」
ほんと?というように土方ウサギが銀時の目をじいっと見つめてくる。
脂下がっただらしない顔でちゅ、ちゅ、とその鼻先にキスを贈りながらさわさわと弄って尻尾摘めば。
「ゃ……」
小さく声を上げた。
「えへへ…もうおまえあんまり可愛いから銀さん参っちゃったよ……」

今までの分も、と思い、優しくキスをしながら着流しを脱がせ、横たえようとした瞬間。

首を正確に掴まれて銀時は
「ゴハァ!!!」
思わず嘔吐しかける。

「……テメェ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……とバックに地鳴りを響かせて、
さっきまでの甘さを遠くに投げた土方が座った目で銀時を睨みあげた。
正直、下からだと迫力あってマジで怖い。
ちょ、ちょおっと待って、待って!!!
「締ってる!!!全力で締め上げてる!!!」
訴えかけようとしたが
「うるせェ!!!シメてんだよ!!!」
真っ赤になった土方がさらに力を込めてきたので、危うく気を失いかけた。
「あ、あんな……忘れろ!!!」
土方は真っ赤になりながら忘れろ!!!
と口走ってさらにぐいぐいシメあげてくる。
「わかった、わか……ゴファ!!!!」
ガン!!と頭を打って星が瞬いた。
ただ薄れゆく意識の中で土方は確かに、
あ、あいしてる、なんて言いやがって、
とツンデレ全開の台詞を言って自分でさらに真っ赤になっていたので、
俺は一応、
愛し合ってんだ、となんか嬉しかった。

ような気がする。
起きたときには万事屋で、
なんでもハゲが俺を新八に預けたらしい。
「薬の効き目が切れた、そうです。あれは簡単に手に入るものではないので大丈夫でしょうが、
何もかも忘れてください、って言われましたけど、銀さん何やったんですか?」
他言無用、ということなんだろうが、勿論俺は忘れるわけがない。

とりあえず、何はともあれ。
土方は俺に愛してる、と言われるのがお好きなようだ。

で、ウサギ化する薬を入手すべく、
俺は坂本の馬鹿にあたりをつけて連絡を取ることに決めた。
こういうときに役に立たなかったらいつあいつが俺の役に立つってんだ。
しかし、あの可愛さは国宝級だった。
ぜひもう一度、今度は俺のテリトリーで。

近い未来を思って、俺は自分でも呆れるくらいにやにやしてしまった。





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