最終的に水を飲みに起き上がった土方をソファに押し倒して、何度目だろうか?
忘れたがとにかくそれが今日の最終。
いつもより執拗に抱いたのは何でなのか自分でもよくわからねェ。
で、どうして俺の家でやっちまったのかもわからねェ。
土方と寝るときはいつもホテルだったのに。
ただのセフレだ。
寝るだけの相手。
そう繰り返してみても、なんだかしらねェが俺の中の怒りは収まらなかった。
自分のペットが自分以外に懐いていると腹が立つ、みてェなもんだろうか。
綺麗な白い首筋に、何となく俺は両手を当ててみた。
ああ、簡単に締りそう。

気配がして俺は溜息と一緒に、土方の首から手を離す。
別に本気で締めてたわけじゃないから、土方の吐息は乱れていない。

「……ずいぶんな起こし方じゃ。抱きしめるなら腕がええ」
「不法侵入の分際でデケェ顔するな」
見かけたのは偶然。
後をつける気は無かった。
……よりによってなんでこの男なんだろう。
好色で、女ばかり侍らせて。
悪い奴じゃない、のはそこそこ古い付き合いだから知ってる。
むしろ、だからこそ、俺にとって始末が悪い。
「おんしゃあ知らんろう、銀時」
坂本の馬鹿はいつもは俺の家をぶっ壊して来るくせに、
今日に限って音もなく戸を開けて滑り込んできた。
でかい図体のクセに動きには無駄が無い。
へらへらしてるのは擬態みてェなもんで、
腕は間違いなく確かだ。
「その子ぉがどんだけおんしを好きなが、わしとおるときもいっつもおまんのこと言いよった」
「銀さんのテクに嵌っちまったんじゃね?」
「おまんは自分のことばぁ、考えゆう」
坂本は淡々と話しながらゆっくりと近づいて、許可も与えていないのにソファの前に立つ。
見下ろされる形になっても別に怖くは無い。
こいつが俺に何かすることなんてまぁ、無いからだ。
「…俺達はただのセフレだぜ?面倒は持ち込まないルールだ」
坂本は静かに土方の傍に跪いた。
俺の筋肉が僅かに動く。
無意識の反射だ。
「わしは綺麗な蝶々が此の世におれば、たとえ捕まえられんでも構わん。
わしの知らんところで、元気にやってくれとりゃええ」
また、俺の身体の奥が少し動く。
「好いた綺麗な蝶々がおれば、おまんは必ず羽根を毟ろうとしゆう。
もう覚えちょらんかもしれんが…昔おんしが、
見つけてきよった蝶々がえろう綺麗じゃったき、わしゃ、えらいうっとりしたんじゃが、
次の日にはおまんがバラバラにしちょった………飛んで逃げるからや、ゆうちょったけな」

そんなこと、俺は覚えてない。
俺は昔のことなんか、どうだっていい。
今この瞬間のほうが、よっぽど大事。
坂本は眠る土方の髪を何度か、そっと撫でた。
いつもの笑っているだけのふざけた表情で淡々と告げる。
「ぎょーさん蝶々がおるのに、おんしはこの蝶々ばぁ(ばかり)、羽を毟ろうと弄くりまわしゆう。
それが、どういうことか、わしゃーすぐわかる。なのにおんしはわかろうとせん
……こげん綺麗な蝶々、籠に入れて可愛がりたいゆう人間がぎょーさんおるじゃろ」

ぴくりと、空気が変わったのが坂本にも肌でわかったのだろう。
慣れた相手の空気だ。

「おかしな奴じゃ、身体だけでええちゅうんなら、
誰かが…例えばわしがこの子に何をしゆうと構わないはずじゃ」
片手でリボルバーを握っていることは見当がついている。
木刀の一閃とさてどちらが早いだろうか。
土方を庇うように、事実庇っているのだろう、坂本はゆっくりと油断無くこちらを追う。



どちらともなく溜息が出た。
「それを抜いて、わしを斬るか。じゃがこの子は斬れんじゃろ?」
「試してみるか?」
思ったよりも冷たい声が出たな、と銀時は他人事のように思った。

「銀時……試すゆうのは一番愚かな行為じゃ」
「そのツラ、苛苛する」
「アハハ、おんし、昔っからそればっかりじゃ」
「言いたいことがそれだけなら出て行けよ」
「……わしが一方的に言い寄っただけじゃ」
「ヤッてねェのは身体にきいたから知ってる」
淡々と銀時が零す。
「この子がそげんこつできなか子ぉなのは…見りゃわかるじゃろ?
こんな初心い子ぉに無体を強くのはむごかこつじゃ」

ふっと銀時の身体から戦意が消えた。
坂本も静かに、引き金から指を外した。

一度だけ名残惜しげに土方の髪を撫で、
坂本は音もなく立ち上がった。
それからふっと笑うとばさりとコートを土方にかけた。
本当は土方の白い肢体が気になっていたのだろう、
目に毒じゃ、とふざけた口調で言いながら。
「わしゃ、しばらく地球には戻れん」
静かに、坂本が零す。
「……こんな男やき、この子を抱く権利が無いのはわかっちゅう」
こんなにも痛そうな声を出しておきながらへらりと、馬鹿のように笑えるのはこの男だけかもしれない。
「誰かが傍にいてやるべきやと思うけんど、それが銀時、おんしなのかはわしにはわからん。
わしじゃないことはわかる、わかっちゅう。外に連れ出しとうなるけんど、それこそむごかこつじゃ」

「…………そうだな」

「今の話は黙っててくれんろうか?」
「………言うか、馬鹿野郎。いいから失せろよ」

坂本は軽い笑いを残して出て行った。
俺は、勿論、もうこれ以上土方に何かする気は無かったけれど、
坂本の気配が少しだけ残っているのに苦笑した。
どんだけ信用無いんだよ。
あーあ。

撫でようとした手が、結局彷徨ったまま止まる。
土方は静かに、深く呼吸をして、
何も知らないガキみてェに眠っているだけだった。


剥ぎ取ったコートの代わりに俺の服をかけた。
どうせ、いつか取りにくるだろうと踏んで、
奴のコートは寝間に放った。
土方を包み込めるサイズのそれが、なんだか無性に煩わしい。


目覚めた後、土方は俺を見て、
静かに溜息を吐いた。
もう終わりにしようと、言うのだろうか、
と俺はその整い過ぎた顔と、薄い唇を見つめてぼうっとしていた。
俺の着流しを羽織った土方の身体は、月明かりに薄く発光しているように綺麗で、
俺はますますぼうっとした。
土方は俺の着流しを不思議そうに触ってから、
するりと脱ぎ捨てた。
そしてやっぱり静かに、
「……帰る、おやすみ」
そう言い残して出て行ってしまった。






あれから一週間後、
俺は土方を街で呼び止めた。
正確には、随分長い間目で追っていたのだけれど、
何故か、話し出すきっかけが無かった。
ただ、土方が普段、俺とは本当に関係の無い世界で、真っ当に生きているのだなということは感じた。
日の当たる道を、漆黒の隊服で。
その静かで禁欲的な佇まいをぼんやりと見つめて、俺は、なんだかぞっとした。
今までは、街行く誰も視界に入ってこなかった。
俺はただ土方だけを見ていたのだと今更気付く。

今は、静か過ぎたはずの雑踏がやかましく、
土方はその中でも静かに、ただ存在している。
道行く人間のうろんな、あるいは汚らしい、あるいは羨望の、あるいは嫌悪の、
あるいは、あるいは。
いくつもの感情をない交ぜにした視線が土方をぐるぐると取り巻いているのがわかる、
今はわかる、わかってしまう。


「土方」
絞り出した声は、今までで一番小さかったのに。

土方はくるりと俺を振り返った。
その目が俺を映した。
俺だけを確かに映した。
あの瞬間に似て、俺だけを。
当たり前だ、セックスの瞬間は二人だけ。
此の世に二人だけだと錯覚するほどに狭い世界でぐちゃぐちゃになる。

「……行くな」
俺だけ見てろ。
何処にも行くな。
誰にも渡さねェ。
馬鹿みてェな考えがぐるんぐるん頭ン中を駆け巡って俺はいよいよ正気じゃねェ。
土方は驚いたように綺麗な目を見開いて、
それから少し眉をひそめた。
「……万事屋?」
気付けば土方の手首を俺は強く掴んでいた。
この手が、鎖の代わりにならないことは知っている。

これを、この凶暴な衝動をなんと呼ぶか。
俺はまだ分かりかねている。

進むのも戻るのも相手次第だ。
呼び出しに応じなければ良い。
脅迫しているわけじゃない。
俺は、ただ、その綺麗なツラと身体が欲しいだけ、だと思う、多分。
摘み取る前から棘が刺さる花にそれでも手を伸ばす理由があるならそれは。
それは。
お前みたいに面倒な男を、わざわざ選ぶのは、それは。
ああ、クソ、頭ン中がまたぐるんぐるん回る。
まともな色恋をしてこなかった報いか。


もしかしたら。
俺は何かとても大切なものを掴めそうになっているのかもしれない。
だが同時に、それが今まさに目の前で砕け散る瞬間に立ち会っているのかもしれない。




ほら。
背後から声がした。
土方は片手でたしかに俺の手を握りながら、自分を呼ぶ俺以外の奴のために振り返った。





end.
2011.05.08



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