あなただけがしらない






甘えるように爪を立てられた背中がズキズキと悩ましげに疼く。
久しぶりの逢瀬と久しぶりの行為のせいで気を失い、深く眠る土方は無心な幼子のように見える。
優しく髪を撫でながら銀時は侵入者の見知った気配を感知する。
滑るような足音はさすがよく訓練されている。
が、まだ十分とはいえない。
眠る土方を庇うように抱き寄せるとシーツを引き上げて白い肌を隠す。
戸が開け放たれ、予想通りの来客に笑う。
沖田総悟は凍りついたように此方を凝視すると戸の前で立ち尽くす。
まるで迷子のガキみてェ。
「なに」
冷たいとも言える口調にもいつもの軽口が叩けない沖田は分が悪い。
「そこ閉めて。トシが風邪引いちゃう」
暖房は入っているけれど。
言われた内容だけはギリギリ頭に入ってきたのか、沖田は機械のように正確に動くと静かに戸を閉めようとして失敗した。
「こんにちは」
山崎がするりと戸の隙間から進入を果たす。
と同時に状態を一瞬で正しく察知した山崎は溜息を吐く。
「子ども苛めて楽しいですか」
素面なら殺されそうな台詞も衝撃に固まった沖田の頭ではうまく処理しきれていないのか、反応は鈍かった。
「たのしかないね」
「悪趣味ですね」
「ソイツが勝手に乗り込んできたんだけど」
「けしかけたくせに」
「いつ」
「いつも」
嫌そうに山崎は眉根を寄せた。
「はは、ジミーくらいだろ、気付いてたの」
「さぁ、まどうでもいいんで副長を返してください」
「可哀想だよ、やっとねむったのに」
「可哀想ですよ、そんなに疲れさせて」
平行線。
極めて不毛。
バチバチと火花が散る錯覚。
「ていうか、なんで俺以外のオトコがぞろぞろ入ってくるワケ?」
「監察ですから」
「あーそれムカツク」
「ムカついてください。多分俺の方が先に合鍵貰ってますよ」
ガキンと空気が凍りつく錯覚。
「死ぬか?」
「副長をお連れするまでは死ねません」
にっこり笑った山崎に
「ま、いいから。ガキ連れて帰れ」
結構本気の怒りを凝らせたまま、銀時は唸る。
「嫌です」
ガキを連れて行くのが?
大事な土方を残していくのが?
ああ言うまでも無い。
「馬鹿、お前らに知られたらこの子泣くよーマジで。そんなのカワイソーでヤダ。
銀さんが責任持って介抱してやる。で、起きたら送ってってやるってんだよ」
「じゃあ迎えに呼んでください」
「原チャで行くよ」
「車出します。あと四時間しかないんですよ。そのままお連れしないとマズイんで」
仕事を匂わせればこちらの分が悪いのをわかっているんだろう。
銀時は基本的に恋人の仕事への熱意には敬意を払っている。
「わーかった!早く出てけ」
しっしと狗でも払う仕草をされたがまったく痛痒を感じない山崎は固まったままの沖田を促して退出する。



「なぁ、お前大人気だなぁ。銀さん嫉妬深いから覚悟してね」
口付けるが気を失っているせいで反応は無い。
が構わずまた髪を撫でた。
さらさらの黒髪は触っているだけで幸せな気持ちになる。
色っぽい寝息。
「あとちょっとだけどゆっくり寝てな」
はむ、と唇を噛みながら優しげに囁いた。







一応約束を護った銀時によって三時間後には迎えの電話が入る。
「土方さん、お迎えに上がりました」
目にした瞬間、あまりに色っぽいのでこれは予定をキャンセルしたほうが良いのではないか、
と山崎は思ったが、いやむしろ好都合かと考え直して努めて表情を殺す。
美人の副長との会談を楽しみにしているお相手は、土方が新しく候補に加えようかと迷っている
「おねだりの相手」だ。
主の意思を最大限尊重しつつも自分の我も通す。
沖田にはこんな芸当は無理だろう。
その沖田には今日はそのまま非番にしてもらった。
ボロを出されては元も子もない。
初心で綺麗な土方さんは、カテゴリ「家族もどき」の相手に自分の情事を知られて平然としていられるような人間ではない。
そこがまた可愛らしいんだけどね。
「書類は中です。会談相手の要求その他、まとめてありますから一応目を通しておいてください」
「ん…悪ィ」
まだどこか物憂げな色気が身体の隅々から立ち上る土方さんはぼうっとした表情で殆ど話を聴いていない。
散々可愛がられたらしき唇はわずかに水気を含んでふっくらと腫れている。
多分身体はもっと凄いだろう。
あ、前キスマークつけたの旦那だな。

……ルール違反じゃないのかな。
土方さんのカレシならしないのに。
ああ、そういや旦那は知らないっけ。
土方さんはたしかに初心で純真だけど、年上の優しいカレシはいっぱいいるんですって教えたほうが良いかもしれない。
バレたとき土方さんが大変だろう。いや、土方さんは隠してるつもりすらないんだろうけど。旦那に本気みたいだし。
でも旦那嫉妬深そうだからマズイ。
でも今は目先の事。
「今日はあまり飲まないでくださいね」
まだあまり頭が働いていないのか、素直にこくりと頷いたのをミラー越しに確認した山崎はそのまま運転を始める。
ゆるやかでむだのないハンドルさばきは土方の黙読を邪魔しない。
山崎は頭の中で迎えの時間を逆算した。
会談はなるだけ酒を入れずに済ますほうが良い。
土方が酒が強くないこともそうだが、
酔った土方の色香は凄まじく、相手が仕事の話そっちのけになるから。
ま、どうせ大した用件じゃないだろうけどね。
この人とデートしたいだけで。
美味しいもの食べて遊んで可愛がって。
しっかしどうしてか似たタイプが集まるんだよなー。
土方さんの年上のカレシさん方はみんな、偉くて、お金も暇も持て余してて、とにかく土方さんを可愛がりたくてうずうずしてるタイプばっかだ。
土方さんは利発で聞き分けよくて、なのに適度にわがままで甘えたで手がかかって、可愛いだろーなそりゃ。
普段は凛としたこの人に甘えて頼られれば悪い気はしないよね。
俺だって偉けりゃこんな美人を是非愛人にしたいよ。
ま、今の地位は譲りませんけど。
だってカレシは大勢の中の一人だし。
土方さんの狗は俺一人だけど。



山崎の心中など特に興味もなさそうにあくびをして、土方が書類を捲るひそやかな音だけが車中に満ちた。



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