土方さんが笑いかけると官僚達の顔が歪んだ。
俺はその反応で、この男があの件に関わっていると確信を持つ。
「山崎、1時間後に」
「はい、いってらっしゃい」
見送ると、俺も目的を果たそうとするが、呼び止められる。
振り向けば予想通りの表情。
偉い男、というのはどうして無意味に威圧的なのか。
「山崎、といったかね」
「土方は、どうかしたのかね、その…」
二人組、背の高い貧相に痩せた男と、見苦しい腹をぶら下げた脂肪の塊。
内心で吐くジェスチャーをしたまま、山崎は努めて朗らかな声を出す。
寒気がしていたから。
「……いくつか怪我をなさっていますから、少し、まだ」
「……そうか、かなり酷かったようだけど、どうしたんだね」
「テロで」

空気が、不自然な沈黙に重くなる。
「…ですが、副長はそのときのことを覚えていません。テロの被害者にはよくあることだとお医者様が」
歩き出した山崎に重い沈黙をそのまま引きずったような声がかかる。
「……君は、どこまで知っている」
「なんの話でしょう」
にっこりと笑った山崎にそれ以上、ふたりは何も言わないまま、足早に去っていった。



「……馬鹿だな、何の話でしょう、じゃなく、言っている意味がわからない、だろう」
上等なスーツを完璧に着こなした男が、山崎達からは死角となっていた壁に背を預けたまま告げる。
「おや、おひさしぶりです」
男にとっくに気付いていた山崎はうさんくさい笑みを贈るが男は眉根を違う事で寄せた。
「………あの子が随分辛い目にあったみたいだね」
ぴたりと笑いを抑えた山崎は声に感情を乗せないまま。
「肯定も否定もしないでいるにはこの場合沈黙でしょうか」
「私相手にしても無意味だろう」
「土方さんはいつだってお辛い目にあってますよ」
「私の所為か」
「自惚れないでくださいよ」
「あの子は大丈夫なのか」
「…わかりません。随分、手の込んだことをされましたから」
男は知的な顔を獰猛に歪めた。
「手を出す勇気も無い屑の分際で…」
そう言うと、男は深い溜息を吐いた。
そのまま、目線で促すと山崎とともに隣室に入り、鍵をかけた。
「此処は監視カメラも無いからね」
「よくご存知で」
「勿論盗聴器も」
その程度のことは当然頭に入っている山崎はただ黙って頷く。
一緒に居るところを見られたくらいならばいくらでも言い訳がつく。
むしろまずいのは会話の内容を盗み聞きされるほうだ。
副長もそれを厳しく監察に教え、局長にも言い聞かせていた(効果があったかは不明だが)。
筆談用の道具も持ち歩いてはいるが、部屋が近いならそれでもいい。

「……明日あたりウチに呼ぶよ」
「お連れします」
「ああ、お供してやってくれ、続き間を用意しておく、何か時間つぶしの希望は」
「………今月に入っての内部調査課の捜査資料」
「もう少し可愛げのあるものを所望してくれないか」
「土方さんのためなので」
「そういえば私が言うことをきくと。つくづく嘗められたものだね、私も」
「滅相も無い」
「あの子本人ならともかく、君みたいな可愛げのない男のために骨を折るのは癪に障る」
「紳士でしょ、貴方は」
簡単に手に入る身分の癖に、そう山崎は頭で哂った。
「あの子の前ではね、基本的に私は暴君だよ。部下もそう言ってる」
「じゃ、俺がにっこり笑ってみせましょうか」
「やめてくれ、気色悪い」
「にっこり」
「寒いね、今日は」
心底嫌そうに男は肩をすくめた。
「土方さんには寝る前にあったかくしてもらいます」
「そうだね、気をつけてやってくれ。傷は冷えると痛む」
男はそう言うと、初めて、僅かに哀しげな表情をした。
「……冷えなくても痛む傷には、何をして差し上げたらいいと思いますか」
「それは私にはわからないね…残念だけど」
「優しく慰めてあげるくらいでしょうか」
「それならいつもしてるよ」
「甚振るの間違いでは」
「かもしれないね」
男はあっさりと認めると、ひらりとスーツの裾を翻して出て行く。
見送った山崎は時計に目をやる。



時間が巻き戻ればいいのに。




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