「……ぁ」
どくん、と下肢が疼く。
あがった声に煽られた欲情が身体を駆け巡って息が熱くなる。

汗と熱の向こうで殺しきれない声。

何時の間にか首筋を捕えられて噛み付かれて。
「ッ…」
思わず高杉は呻く。
食いちぎられるのではないかと恐れを抱くほどに強く噛まれた後には甘く唇が弄る。
繰り返し。
「喰う気かよ……ッ」
軽口を叩こうとしたが土方は潤みきった目で上目に覗き込んだかと思うと、
また今度は舌を首に這わせてきた。
官能が深い。
しばらく子猫がじゃれつくように舐めて、吸い付いてを繰り返した。
「痕、ついたな……」
幼い子どものようにそれだけ言うと土方は肩で遊ぶのに飽きたのか、
高杉の首に両腕を回すと酔ったような仕草で首をことりと倒した。
「ッ…」
あっさりと明け渡された主導権にやや憮然としつつも肌を追えば素直に声が上がった。
奔放に喘ぐのではない、押し殺した声に色が篭もって視界が卑猥な色に染まる錯覚。


「おい、」
「…勃ってる」
無造作に掴まれて慌てるが、土方は指と手のひらで巧みに愛撫を施しながらも上体を倒すようにして覆いかぶさってくる。
そのまま柔らかで熱い舌が耳元を舐め、囁く。
「…やらしい、オトコだな…」
くちゅりと音がして、ひやりとした耳元を思わず押さえると土方はまた口元を綻ばせた。
指の動きと舌が連動して、まるで舌で性器を舐められているような錯覚にぞくぞく愉悦が浮かぶ。
大した手管だ。
「ッ、……挿れるぜ?」
オイタをする指先を捉えてそのまま後腔に含ませてやる。
「ぁ、や………」
他人の体液に濡れた自分の指で、というのが土方の羞恥に触れたのか、ぴくんと身体を揺すると逃げをうつが勿論逃がしはしない。
「ほら、テメェの指なら、いいところわかるだろォ?」
悪辣に笑う高杉に一瞬唇を尖らせたが、素直に快感を追い出した。
「ァ、あ、……ひぁ、…やぅ………」
くちゅくちゅと断続的に音が響く。
はしたない指先の動きが、素直に快感を追う可愛げに繋がる。
どうせなら、一緒に溺れたほうが深く楽しく遊べる。
いい相手だと高杉のカラダが喜ぶ。
「も、……焦らす、なよぉ……」
責めるというよりは哀願の拙さでねだられて高杉は殊更優しく髪を撫でてやる。
「ン……」
お気に召したのか気持ちが良さそうにわらうものだからこちらまで楽しくなってしまう。
後頭部を支えてゆっくりと押し倒せば白い敷布に艶のある髪が散らばって美しい。
「力、抜いてろや」
抱えた白い足、掴んだ足首が意外な程細いことにどきりとしながらも、
柔らかなあわいの奥を一度そろりと撫でればまた、短く声があがる。
切っ先を含ませた瞬間から、誘い込むような動きに目を見張った。

衝動的に入り込んだ中の熱さと心地良さに低く呻く。
「……う、ごけよ」
切れ切れの懇願は媚ではなく純粋な願いだった。
はやく、はやく。
そう必死に訴えるのは快感を追うことに罪の意識の無い分、かえって清廉ですらある。
好みの態度だ、とまた高杉は思う。
望むように、ゆるく、深く、浅くを繰り返し、馴染んだところで動きをやや荒いものにしたが、
溶けたような身体は無体にも健気に順応して高杉を食んだ。
汗が、ぽたぽたと眼下の顔に落ちて、酷く興奮していることに高杉は自分でも不思議で、
だが嫌ではないのがまた、奇妙だった。
押しかかった土方が重くないように、なるだけ体重をかけずにいたせいか、
緊張と弛緩とで筋肉がいい刺激に撓る。
「ッ…」
土方が無意識にか、口元に落ちた高杉の汗を紅い舌で舐め取った。
「おまえ、なァ……」
煽るな、と思わず舌打をすると、もう後は溺れるだけだった。






息が整って、相手の顔をまじまじと見る余裕が生まれた頃、ふいにまた悪戯をされる。
「まだ、入ったまま、だろ」
きゅうっと締め付けられて思わず漏れた声に土方は満足そうに微笑む。
仕方がない。男の急所だ。
「あつ、い……な」
目を閉じて、体内の楔を満足そうに味わって、ふいになだらかな下腹部を手のひらが押す。
「ッ、おい…」
「あ、すご……わかる」
何がわかるのかわかりきっているから始末が悪い。
また、硬度を増した楔に文句を言うでもなく、土方はうわ言のように囁く。
「ッ、ハァ、……ん、あつくて……ぅ」
あつくて、あつくて、そう何度も言い。
それから。
白い手のひらが自分の下腹部を何度も押し、中の高杉を確かめる。
きゅうっと締め付けられたうえ、手のひらが押す圧迫で快感と疼痛の両方を味あわされるような奇妙なセックスに流石の高杉も度々声を漏らした。

ずるりと引き抜いた頃にはもう互いにどろどろになり、息があがっている。
久しぶりに、他人と溺れるように抱き合った、と高杉は思って息を吐き出す。
愛用の煙管に火をつける、つもりがうまくいかず舌打するとうつぶせて目を閉じていた土方が
ゆっくりと瞼をあげ、半身だけ起き上がって近づいてくる。
何となく誘われて、そのまま唇をあわせて、しばらく互いの口内を愛撫しあう音だけが響く。
少しだけ下唇のほうが厚い。
そんな些細なことがわかる位の間睦みあえば情も湧く。
敷布に落ちていた手を拾い上げられて、何を、と思う間もなく土方が紅い舌で指先を舐めてくる。
ぞくりと背筋を這い上がったのは確かに官能。
もう、身体が沈みこむような疲労感があるというのに。
舌を絡ませて、性器への愛撫を連想させられて煩悶する高杉の前で土方がちゅ、と音を立てて指を解放した。
「落ち着いたか」
「ァア?」
「火、つけたらどうだ」
あっさりとそれだけ言うと土方はころりと寝転ぶ。
肌蹴た胸元に散らばった鬱血の痕が情事の名残を色濃く残している。
自分も同じだけ痕があるだろうなとどこか他人事のように高杉は考える。
それにしても。

「慣れてんな、お前」
高杉は意外そうな口調でそう告げる。
土方はうっすら口元で笑うと、
「いや、だったか」
無邪気な声で問う。
「んなこたァ、ねェがよ……」
野暮なことを訊いてしまった、と思ったのか、高杉は詫びるように土方の髪を撫でた。
黙ってされるがままだった土方は長い沈黙の後でぽつりと零す。
「俺が、勝手に言うだけだから否定して欲しいが…お前はさ、高杉。なんだろ、哀しそうで、寂しそうに見えるんだ、俺には。俺が馬鹿で寂しいから、そう思うだけかもしれねェけどな」
高杉が目を見開くと、半身を寄せたままで優しい声が独白する。
「そういうの、抱き合うとわかるんだよ」
「……俺のことがわかったってのか」
高杉は艶のあるいつもの目ではなく、やや優しげな目で問う。
抱いた相手に情が移るのは男としてはよくある話だ、と心中言い訳をしてみるが、
情が移ったから抱きたかったのかもしれない、ともわかっている。
「少しは」
「ふうん」
カン、と硬質な音がして煙管の中身が落ちた。
「で、俺との相性は、どうだったよ。副長さん」
土方は少し唇を開いて、それから一度閉じた。
そしてまた、ゆっくりと開く。
「お前が最初のオトコだったら良かったのに、くらいは思ってる」

「……それは、また」
「だってお前俺にはやっぱ寂しそうに見えるからよ。何か、俺が持ってるもんでひとつくらい、誰にも触らせたことが無い部分をやりたくなっちまうんだよ。でも、そんな大層なもん、俺にはねェからさ」

少し、哀しげにそういうと土方は話を区切るように高杉の胸に顔を埋めた。
空気を読みすぎる男は損をするよな、と何とはなしに思いながら、高杉は髪を撫でて眠りに向かう身体を労わった。

「恨み言のひとつでも聴かせてくれりゃあよ、お前にもっと…」
もっと残忍に弄べたってのに。
大したオンナだなぁ。
ああ、銀時の野郎に聞かせるのは、野暮の上塗りって所か。
ただでさえ、マナー違反をしちまったからなァ。


それから何度か抱いた。
正確には、抱き合った。
一方的な蹂躙ではなく、必ず、抱き返す腕が与えられる、等価のセックスだった。
土方は一度も俺を拒まなかった。
俺を恐れてもいないようだった。
銀時を恐れてもいないようだった。

一度、土方は最中に泣いた。


「……なぁ、他人の、痕がついた身体は嫌か」
そのとき土方は誰の痕もつけてはいなかったから、
痕とは勿論比喩的な意味だ。
動きを止めることなく、身体を繋げて快感に押し流せば、言葉はいくどか途切れた。

「俺はもっと、いろいろ知りたくて、」

「抱き合ったらわかるかなって、思って」

「でも俺はいつも思う」

「今、この相手がハジメテのオトコだったらいいのにって」

それはおそらくはうわ言のようなもので、だから俺は別に。
別に、気にしちゃいねェ、つもり。

「なぁ、おまえが最初で、それが最後、っていうのが、いい」

そう言うと、後は目を閉じてしまった。
閉じられた瞼の奥から涙が頬をつたうのをただ俺は馬鹿のように眺めて、
わけがわからず。
わけがわからねェのに、ただ目の前の身体を抱きしめて。
何か、何か言ってやりたかったが言えた義理ではないことに苛立った。










「他人の痕が残った身体は嫌じゃないんですか」
軽くふたまわりは年上の男はそういうと少し困ったような顔をした。
「誰かに、何か言われたのかい」
「…俺が、ソイツには最初のオンナだから、何で、俺はそうじゃないのかって」
「野暮な男だねェ。別れなさいそんな相手」
その男は俺の髪を撫でて囁いた。
「心から、愛している人間となら、最初のひとと数えていいんじゃないかな…ほら、ひとはずるいからね」
「…それは、俺が愛していない人間とばかりしてきたってことですか」
「ふふ、違うんだろう?君はいつでも」
「……抱き合っているときはその相手のことしか、考えたくないと思ってます…」
「なら、いいじゃない。ちなみに俺は君にとって最初の男のつもりでいるよ、君に勝手にね」
「みんながみんな貴方みたいに優しくない」
「可愛い子だねェ。いいんだよ、楽なほうに逃げてしまえば。大人はずるいものだろう」
「大人は、ずるい」
「そう。君はようく知ってるし、これからも知るだろうね」
「…………なんで、そんなこと言うんですか」
「泣きたくなった?」
「貴方が意地の悪いことを仰るからです」
「でも本当のことだよ。君は覚悟を持っていきなさい。でないと押しつぶされてしまう」
「嫌で、す、そんなの」
「困ったねぇ…私がいつでもいつでも助けてあげられるわけじゃないからね。勿論、君はいつでも助けを求めればいいんだけれど、きっとそうしないだろう」
「男はひとりで戦うものでしょう」
「……最後にはね。でも、君に関しては最後は来ないよ。多分永遠に」
「何故わかるんですか」
「大人の男だからね」
「…俺だって、男で、ちゃんとした大人です」
「大人の男はそんなこと言わないものだよ」
「……」
「さ、おやすみ。君は少し眠ったほうがいい。可哀想に」






そのときのことをどこまで信じていいのかはわからない。
欺瞞も詭弁も沢山知ったけれど、結局腹の足しにもならない。
いつもなんだかどこか、そう腹なら空いてるし、胸は空っぽで頭は痛む。
何にも無い。
持って行かれるものもなくていいんだが。
やれるものが何も無い。
外側の身体くらいしか。

哀しいというか、虚しい。


だから別に傷ついちゃいない。
スナッフフィルムなら、ずっと残酷なものが押収品の中にあった。
吐くようなものも、慣れれば、慣れてしまえばただの映像だ。
自分が出るとは思わなかったけれど。
グロテスクな話だ。
銀時は何がしたかったのか。
未だよくわからない。

手を差し出されて跳ね除けた男たちが仕組んだのならば、銀時はむしろ被害者だ。
だから罪悪感なんていらない。
俺が嫌になったなら、いつでも捨てていけばいい。
そう思って、慣れないが笑ってみせているのにアイツは出て行こうとしない。
どうすればいいんだろう。
言ってしまえば一生あいつを縛ってしまう。
義理堅い男だから。



どうすればいいんだろう。

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