「やァ、副長さん」
川の流れを目で追っていた土方は長い睫を震わせて此方を見た。
「…高杉、晋助」
「斬りかかってこねェのかァ」
「話があるんじゃねェのか」
屯所の投げ文を正しく受け取ったらしい。
供も付けず、一人きりで来るのは賢いのか愚かなのか。
腕に覚えがあるつもりならば可愛らしい事だ。
「ああ、面白い映像を手に入れたんでな」
ぴくりと土方の肩が動いた。
それは、鳥の動きに似た唐突さを持って、内心の動揺を押し隠しきれていないのかと思わせた。
が、此方に向き直った表情はなにひとつ動揺してなどいなかった。
関心を払った、程度の動き。
記憶は薄くとも映像が良くねェものだと察しているのだろうか?
自分が映っていることや、ましてその相手が銀時であることは知らねェだろう。
「見たのか?」
土方はやはり特に関心の無いような声色でそう言った。
「ああ。お前が映ってた」
投げた言葉に、相手の出方を伺うが、特に土方に動揺は見られなかった。
何の映像かわかってねェんだな。
土方も俺の出方を伺っているのか、特に何も言わない。
強めの風が吹く。
髪がさらりと浚われていく。
焦れて此方が口を開こうかと思ったとき、
「……よろず…いや、坂田銀時には会ったか」
ぽつりと、
土方が思いがけないことを言った。
ここで認めればあの野郎は豚箱行きか?
少なくとも攘夷志士と繋がりがあると分かっちまえば、
一般人ではいられねぇだろう。
それも面白い。
「まだだ。が、そのうちアイツをからかってやるつもりだぜ。まぁ本人はからかわれたとは思わねェだろうが…」
役者のようにぐるりと首を回した高杉の色のある動きを土方は目の奥で捉えたが、そのまま流すように瞬きをした。
ざぁぁぁっと風が吹き荒び、二人の表情をそれぞれの視界から隠す。
高杉晋助の笑いが、少しだけやわらかくなる。
誰も見ていないところで浮かべる顔だ。
土方は少し逡巡した後、此方を真っ直ぐに見つめて言葉を紡いだ。
「会っていないなら、アイツにはお前が知っていること、黙っていてくれねェか」
その言葉を聴いて、俺は正直驚いてしばらく口がきけなかった。
まさか。
まさかなァ。
「お前、記憶が無いんじゃねェのかよ」
驚きで声が上擦っているように思えて内心舌打ちをしたが、
土方は観念したように眼を伏せ、軽く息を吐き出す。
それから弱弱しく首を振った。
「……皆には、そういうことにしている。俺なんかのために余計な気を使わせたくねェからな」
マジかよ。
「お前、それで平気なのかよ」
「………」
「銀時の野郎を殺しちまいてェとは思わねェのか?それとも油断させておいてぐさり、か?」
「しねェよ」
土方は少し困ったように、いや、微笑んでいるのかもしれない表情でぽつりと言った。
「もう、済んだことだからな」
「割り切れるこっちゃねェだろ」
何故こんなことを言っているのか正直馬鹿げていると思ったが、つい余計なことを話しちまう。
勘ぐっちまうのも無理ねェ。
と、ぐだぐだ言い訳をするがテメェの可笑しさはテメェが一番よくわかっている。
俺は土方をどうしたらいいのかわからない。
諦めているわけでも、自暴自棄になっているわけでもないようだ。
引かねェ俺に困ったのか、土方はしばらく押し黙っていたが、
「……誰かにあんなに求められた記憶がねェ」
またぽつんとそう言うと長い指先を遊ばせた。
俺の心臓は確かにそのとき可笑しな音を立てた。
「だから、もう、いい」
そう言うと土方はまたくるりと身体を反転させて、少し屈んで欄干に持たれかかると水を見つめた。
俺に完全に興味を失ったように、土方は冷たい表情をしている。
敵に背を向けて、と思わないでもないがそれどころではない。
心臓が相変わらず可笑しな音を立てて鳴っていたからだ。
ある衝動が湧く。
その背があまりにも儚げだったからかもしれねェ。
そっと肩に手を置くと流石に土方は振り返った。
「しょっ引かれてェのかよ、テメェ」
手は刀にかけられ口調は酷いが、
なんだ?という表情で見上げてくる土方は幼い生き物のように無防備だった。
その無自覚なアンバランスさが。コイツの内面の聖俗をあらわしているようで興味を惹く。
見目の良いお人形ならいくらでも調達できるからこそ、こういう淫靡な孤高の生き物に酷く惹かれる。
我ながら手間のかかる好みだ。
「さっきの願い、きいてやるかわりに俺の要求をひとつ呑め」
耳元で囁く。
この生き物と自分を繋ぐ鎖が欲しかった。
土方は澄んだ色の瞳を不思議そうに瞬かせた。
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