面白いものが手に入った、といったのは万斉だった。
マスターテープは持ち主ごと始末されていたが、
コピーだけでも値打ちものだと嬉々として告げられるが正直俺はそんなものに興味はねェ。
そんなものは生身の女を抱く機会に恵まれねェ哀れでくだらねぇ男が見るもんだ。
が勿体つけた口調が気に触ったので
「はっきり言えや」
吐き捨てると万斉はますます面白そうに言う。
「女子の姿ではござらん。拙者とて、そのようなものは見たいと思わん。
芸能界の裏ではありとあらゆる陰謀が渦巻いているが、そういうものを知っていてはちっとも面白くない。
からくりのわかった手品のように味気ないのでござるよ」
これは違う。
万斉はそういうと強引にDVDをセットし、再生した。
「止めろ」
停止ボタンを押した万斉は不思議そうに俺を見た。
「どうしたでござるか?まさか主がこの程度で気分を害したとは…」
万斉が何か言っているが言葉の半分も頭に入ってこねェ。
ふざけた白銀の髪。
見間違えるわけもねェ。
「あの野郎、ついに狂っちまったかァ?」
だとすれば見物だ。
男にいれあげてあの醜態。
それも相手は幕府の狗。
本物のキチガイになったのならば笑いものにでもしてやるか。
あんなにきゃんきゃん威勢良く吼えていた狗が何てザマだ。
不必要に見目麗しい狗であったことがお気の毒でまた笑いが込み上げた。
「万斉、出てくる」
溜息をつくのを無視して高杉は立ち上がった。
「…桂殿と会う予定でござろう。拙者も行くでござるよ」
護衛の男は呆れたように後を追った。
人通りが殆ど無いとは言え、橋の上で会うには互いに顔が売れすぎているが、
どうせ江戸の人間はテメェのことしか見えちゃいねェ。
ヅラのアホらしい変装すら見破られることはねェ。
悠々と煙草をふかしながら人の流れを見るともなしに見ていた。
ヅラは相変わらず説教じみたウザイ話ばかりを繰り返しているが、
何気ない会話の中でまだ桂が銀時に未練を残していることを知って笑い出したくなる。
あの男が何をしたか知ればテメェは目の色を変えて怒り狂うんじゃねぇか?
この男は基本的にバカで真面目な性質だ。
俺もあいつもどうせもうどうしようもねェ。
それがわからずいつまでも兄のような顔であれこれ口を出すのが鬱陶しい。
一度手酷く裏切ってやればコイツの目出度い頭も冷めるんじゃねェか?
だがまだあのDVDのことは話していない。
いつか何かに使える、と思っているのが一応の理由だ。
が、俺自身何となく腑に落ちねェ。
ヅラが目深に被った編み笠の下で舌打ちをする。
「銀時の奴め、腑抜けになりおって…」
つい、と視線をつられてあげると、確かにかつて共に戦った、
今はすっかりと極潰しに成り下がった男がいた。
が、高杉の視線はその隣の人間に釘付けになる。
黒い着流しに同じく黒い艶のある髪を風が嬲っていくのを時折思い出したように押さえる。
吸い寄せられるように視線が固定される。
髪を押さえた細く白い指先を知っている。
あの男の肌の奥まで「鑑賞」したのだから当然といえば至極当然。
なんともいえない心持になりながら高杉は男を見つめた。
男、土方十四郎は銀時の言葉に笑ったようだった。
―――笑った?
アイツ正気かよ。
土方は意外にも険の無い幼い表情で銀時の話に耳を傾けていたが、突然、銀時の袖を引く。
上を指差した男の目線の先にひらひらと蝶が舞う。
銀時がそれを見て捕まえようとしてか手を伸ばす。
土方がそれを咎めたのが、銀時のおどけた表情でわかる。
尚も伸ばそうとした腕は土方に止められる。
が、土方が手を掴んでとめたのを良い事に銀時はその手を握ったまま上を見ている。
むつまじく手を繋いだ恋仲のように。
土方が声を荒げて怒鳴るのをいなしながら銀時はますます手を握り続ける。
赤くなった頬で土方が銀時にまた食って掛かっているのを、さも可愛らしいといわんばかりに銀時がからかう。
その一連の動作をじっと見てしまって、また何ともいえねェ気持ちになり、珍しく他者に興味を抱いた。
土方十四郎、真選組の副長。
野蛮で田舎モンの寄せ集め、小うるさい幕府の狗くらいにしか思ってはいなかった真選組だったが、
土方には特別な印象が残ってしまった。
あの映像の所為だ。
後半には土方は殆ど気絶していた。
気を失った身体を執拗に嬲りつくした銀時には、別にそれが下劣だというほど俺は倫理に
のっとっちゃいねェが、それでも正直驚いた。
勿論あの男がそんなことをするような卑劣な人間じゃない、などということではねェが。
極限状態の戦場ですら、誰とも肌を合わせなかったあの男が夢中になることに驚いた。
そんなにイイ身体なら、一度くらい味わって見たいと下世話な感慨が湧くほどには興味がある。
そういう目でもう一度、銀時と何やら話し続ける土方を見つめた。
横顔は離れた場所からでも完璧に整っているのが伺える。
女が視線を送りながら横をすり抜けるのを何とも思っていねェようなのも頷ける。
見られ慣れている人間の持つ傲慢な無邪気さ。
すらりとした長い手足と細い腰つき、身体のつくりは意外にも華奢で、
確かに真選組の副長と呼ばれる肩書きに似つかわしくない。
あの顔が泣き叫ぶところを見ちまった。
幕府の腰抜け共が買い取ろうとした映像は、確かにあの男に仄暗い欲望を抱いているが
手を出せない腑抜けには堪らないだろう。
が、一方的な蹂躙は俺がするならともかく、見るだけなどくだらねェ。
しかも銀時がしているなら尚更胸糞悪い。
ああ、そうだ。
あの男、土方は何故銀時とああして会話し、親しげな空気を漂わせている?
おかしな話だ。
あの男は、自分を犯した相手が銀時だと知っているのか?
「記憶を失っているのではござらぬか」
万斉が何気なく言い放った一言に高杉は反応する。
「土方殿はショックで、一時的な記憶喪失状態であるのでござろう」
「……なんで」
「知りたかったのではござらぬか?近頃の晋助は物思いに耽る時間が長かったが、それはあの映像を見てからで、白夜叉と土方殿に出会った後でござる。とすれば…」
「ウルセェ」
キツイ物言いにも少しも怯まず万斉は続ける。
「拙者とて驚いているでござるよ。あのような目に合わされて尚、あのように自然に振舞える人間などいないでござろう。あの美しい旋律は憎悪ではけして無い。土方殿が現在どのような状態か少し知りたくなったでござるよ」
「調べたのか」
「ああ、土方殿の主治医は口が固かったので話は聞きだせなんだが、芸能界に憧れる看護師を抱きこんだ
んでござる。男が味方をするのも土方殿の魅力でござるかな」
「御託はいいから話しやがれ」
万斉は業とらしい溜息を吐きながらもすらすらと話し出す。
「第一発見者は土方殿と懇意にしていた幕府要人で、
私宅での治療で情報は殆ど外部に漏れなかったようでござる。事件にもなっていない。
もっとも、そうなるように仕組まれたようでござったが…」
「映像の入手先の手回しか」
「おそらくは。あまり大っぴらになれば首謀者を探し出そうと組が動き出す。
あの程度の漏洩なら、土方殿の名誉の為に事を伏せておくのが得策と判断するのが自然でござろう」
「万斉」
「なんでござるか」
「自分をあんな目にあわせた人間を赦せると思うか」
「無理でござろう。調べたが、見た目に違わずあの御仁はプライドの高い孤高の一匹狼のようなものでござる。真実を知れば、敵わないと知りつつも白夜叉相手にでも斬りかかるでござろうよ」
「…見物だと思わねェか」
銀時はおそらくあの男に執着している。
「趣味がよくないでござるよ」
「ハッ、今更」
そう、土方が真実を取り戻せば銀時はどうなるか。
楽しみだ。
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