留置所の面会室の硝子越しに座る男はどう見ても小悪党、というレベル。
こんな男が、自分が殺したいほど気に入らないが気になって仕方が無い男の身体を鑑賞したのだと思えば。
もうこの先の人生はいらないよな、と脳裏で何かがゆっくりと囁いていく。
ぺらぺらと饒舌な口元を沖田は感情をのせない常の目で見据える。
「あのツラだぜ。そりゃたまんねェよなァ」
舌なめずりしそうに男は続けようとするが、沖田がゆっくりと立ち上がる。
「看守」
名のある真選組一番隊隊長に呼びつけられた男はやや緊張した面持ちで近づいてくる。
「この男の身柄、ウチが預かるってことで話ついてるな」
斬り込み隊長としては整いすぎた顔の沖田は、しかしそれに相応しい底冷えのする目でそう言った。
「は………」
「返事は」
「はい……」
何か言えば殺されると看守の本能が告げていた。






関わった人間は全員捕捉した。
あとは実際に捕まえていくだけ。
三日前。
「壁の中で護られているなんて理不尽ですね」
山崎はそう言うとにっこりと笑った。
「何とかなるんだろィ」
お前なら、ナンだってするんだろ、土方のヤローのためなら。
「ご期待に沿えるかはわかりませんが」
ご期待に沿う結果を齎した山崎は、速やかにあの件に関わった人間の内、別件で既に堀の中にいる人間をウチに引き渡させる手はずを整えた。
馬鹿馬鹿しいほどにあっさりと。



悪名高い拷問部屋の一室に並べられた顔は3つ。
互いに牽制しあい、口を割らない。
が、元よりその程度は予測の範囲内。
袂から取り出した匕首の柄が正確に男の喉を潰す。
沖田隊長は感情の読めない顔でゆっくりと男に鞘に入ったままの刀を振り下ろした。
金色の髪の美しい悪魔に対して、喉を潰された男は叫ぶことが出来ない。
ぼんやりとその様子を眺めながら山崎は思う。
流石にサド、甚振るのは上手い。
でも、拷問はあまり向いていない。
天才的に強いこの人は、大抵は一撃必殺。
手加減なんてしらない。
だから、既に口を割っていた人間を一番最初に「取調べ」てもらうことにしてある。

耳を劈くような悲鳴の残滓が、潰された喉からさえ零れ落ちるほどの一撃が身体に数回。
ただそれだけで男は体内の何もかもを地面に吐き散らすと、ぴくりとも動かない。
沖田が靴の先で男を何度も何度も蹴り上げた。
ああ、靴が汚れてしまう、と思うのにそんなことはどうでもいいようだ。
このひとは見かけにあまり拘らない。
局長の躾で、きちんとした服を着て振る舞うけれど根本ではどうだっていいのだろう。
何でもあえて着くずして遊ぶ色男に習えばもっと男が上がるのに。
そんなことは死んでも嫌なんだろうけど。
沖田の少女じみた美貌が無駄に場面を凄惨にするのを山崎は映画か何かでも見ているように眺めた。
綺麗だけど、このひとはやっぱりまだこども。
沖田は案の定、男を殺してしまった。
残された二人が恐怖に引きつるサマを見ながら、山崎はコトが計算どおりに運んでいるのを感じる。

「さて、死にたくなかったら話してもらいましょうか」
一人は残った二人に口を割らせる為の道具。
どうせ一番下っ端で、重要な秘密なんて持っていなかった。
沖田と違って、恐ろしさが見えない山崎は薄っすらと笑いすら浮かべながら話す。
相手が口を閉ざすのを見て、
きりきりと糸を出してから山崎はにっこりと笑う。
男の一人は気付けば自分の首にかけられていたゆるい糸が絞まっていくのをみて、慌てて拘束されたままの手を動かし、指で阻もうとする。
が、緩まない糸は指ごと食い込んでいく。
鉄粉で強度を上げた糸が食い込む指先は血みどろ。
男が激痛に悲鳴を上げた。
「あぁ、だらしないね。もう限界?」

残る一人に山崎は告げた。
「マスターテープは?」
命の危険を感じたのかあっさりと男は入手先を吐いた。
「はい、じゃ、もうしゃべんな」
一生ね。
ひゅっと音がして糸が完全にしまった。






数日後、監察としてのいつもの職務のように山崎は変装をすると、囚人から吐かせた場所に向かっていた。


小さな雑貨屋の様な内装の店に足を踏み入れる。
客は誰も居ない。
「ここにとっておきの品があるってきいたんですけど」
愛想の無い店員は値踏みするように山崎の顔を一瞥する。
「誰から」
「骨董屋の」
くい、と顎をしゃくられて裏口の戸を示される。
外に出ると向かいの民家のやはり裏口。
「…回りくどい」
が信憑性は抜群。
何故か裏口に付けられている呼び鈴を押し、少し待つと人が一人出てくる。
そのままじろりと見つめられて、奥に案内される。
軽く見渡すとボロ屋の様な外観に反して中は、洋風のつくり。
おそらく改装して住みやすくしているんだろう。

部屋の前でノックをすると中から入れと声がした。
ドアを開ければ多数の機器に囲まれた小柄な狡猾そうな男が山崎を出迎えた。
ぐるりと怪しまれない程度に機器を物色して、判断する。
ここでおそらく商品すべてが作られる。

「ホントに本物なんですか」
「あぁ、本物さ。凄い」
単刀直入に切り出す山崎に男も応じる。
「見るかい?ただしお試し版」
商売人特有の如才無い口調で男は言い、
表面に何も書かれていない白いディスクを取り出す。
再生される間中山崎は無言だった。
「泣き顔可愛いでしょ。まぁこの後ちょっとグロイけど、
モデルがとびっきりの美人だからね」
男は自慢げに話しながら山崎を値踏みするように眺める。
「……へぇ」
「大したもんだろ?高値で売れる」
「こんなのいくつ作ってんですか?」
「大した手間じゃないさ。まだほとんど出回ってないからね」
「マスターがあるから複製が簡単なんですね」
「おや、アンタやっぱりただモンじゃないね」
「あはは」
「誰かのお使いかい?」
「どうして」
「あんた見ても嬉しそうじゃないからねェ」
「はは。綺麗な人ですけどね」
「お偉いさんのお使いなんじゃないの?
モデルの美人さん、エリート方にエライ人気者みたいだから」
「…」
「おや、図星かい?」
男はにやにやと笑いながら続ける。
「詮索はしないよ。そういう人ははずんでくれるからねぇ。こっちも秘密厳守さ」
「…辛くて苦しそうでしたね」
「そこがいいんでしょ。作りモンじゃないってことでさ。それにこの子の色っぽさは凄いよ」
「泣いてましたよ」
「そこが堪らないそーよ」
「……」
「アンタやっぱお使いできた普通の人なんだねェ」
しみじみと男は言う。どちらにせよ買う気満々の人間がバックにいるなら山崎の態度など
どうでも良いのだろう。
「こんな商売危険じゃないんですか」
「ヤバイのはお互い様。買おうとしてるアンタのご主人だってマズイでしょ?
でもこんな上物もう無いかもねェ」
「どのくらい売ったんですか」
「誰にかは秘密。でもアンタ運が良いよ。お客はまだアンタで三人目」
客が話しかけるのが面白いのか、「上物」に興奮しているのか、男は雄弁だ。
「『人気者』なのに?」
「あんまり捌くとリスクが大きいし希少価値が下がるからね」
「ああ、自分だけが持ってるって感覚」
「そ。まぁこの美人はさ、何かあんまり他人に見せびらかしたくないタイプの子なんじゃない」
男はそう言うとにやりと哂う。
「んなことしたら浚われそうじゃない。手中の珠っての?自分だけがこっそり可愛がりたい感じ」
そういうと男は静止していた画面を消した。
「アタシもこの道長いけど、コピーにこんな高値がつくのは初めてだよ」
「複製されたらオシマイでしょ」
「しないでしょ?少なくとも他人に配るためにはさ。それにプロテクトかけてるよ」
「なるほど」
「商売人だからね」

そこまで話すと、流石にしゃべりすぎたと思ったのか、疑り深い目が覗いた。
「アンタまさか同業者じゃないよね?」

まさか。
一瞬で間をつめたあと、にこにこ笑いながら山崎はごとりと相手の首を落とした。
ききたいことは全て引き出した。

「旦那もこのくらい簡単にいけば苦労しないんだけど」

おそらく無理だとわかっているけど。


back