銀さんがおかしい。
真選組の人達の姿が見えて、銀さんはじっとそれを見つめている。
僕と親しい山崎さんが、歩いているのが見えた。
あの人が見回りなんて珍しい。
でも、なんだか。
「山崎さん、何か元気なかったですね」
僕が話しかけても銀さんは答えない。
「銀さん?」
「ん〜……」
「もう、こんなところでぼやっとしてないで、ほらほら歩いて歩いて」
「ん………」
銀さんはしばらく立ち止まって何か呟いた後、
「悪ィ。しばらく俺を独りにしてくれるか」
そう言って歩き出した。
万事屋に届けられた一本のビデオテープ。
「俺宛てか、まぁこの家で通販するなんて俺くらいだし」
何か頼んだだろうか、などと銀時はあまりまわらない頭で考えた。
このところ頭痛がするし、実は身体がおかしい。
あまり人に言えない所を含めて、酷く痛んでいる。
一昨日の夜からだ。
何か、重大なことを忘れている気がした。
最近の俺は本当に忘れっぽい。
届いたことさえ忘れていたビデオテープをなにげなく再生したのはそれから三日後だった。
歌舞伎町を雨の中で傘も差さずに歩く銀時にいくつか、心配そうに声がかかる。
見知った人間たちの好意すら、受け止められないほどに銀時は自失していた。
ぴちゃりと、あまり足音を感じさせない歩き方で誰かが近づいてきたのが、鋭敏な聴覚でわかって。
「良いですね。あなたは皆に愛されて」
顔を上げる。
いつも、ただひとりの為だけに動く地味な男が立っていた。
「こんな雨の中傘もささずにいるから皆あなたを心配して」
美しいことで、とにっこりと微笑んだ顔は凄まじい嫌悪のためか歪んでいる。
「お届けしたもの、ご覧になりましたか、旦那」
雫の滴り落ちる髪を額に張り付かせてぼうっと見つめるだけの銀時に、山崎は舌打ちをする。
銀時は山崎を通して別の何かを見つめるような眼差しで呟く。
「あいつ……どうしてる」
「あの人を殺したかったんですか」
山崎は質問に答えなかった。が、その表情から、無事なのは何となくわかった。
「………たしかに誰かを殺したかったのかもしれねェ……それで、あいつが俺の前に現れたから」
「獲物だと思ったんですか」
「……ちがう。アイツが現れたから、こいつは殺せねェと思った……あいつが好きだから、無理で。
でも、殺せって囁く声は、自分の中で段々でっかくなって、もう、何もかも曖昧だ」
それだけ言うと、うめくように銀時は手のひらで自らの腕を押さえつけた。
指先が濡れて白い。
山崎はそれを冷ややかな目で見つめる。
「それは、土方さんを、おそらくは愛している、ということですか?」
銀時は首を傾げた。
「それとも、おそらく土方さんを、愛しているということですか」
また同じ動作。
「ま、いいです」
切り上げてしまえ。
相手にするな。相手の土壌に乗るのは得策じゃない。
キチガイと同じ目線で話せばキチガイになってしまう。
「どっちにせよ、赦せるもんじゃありませんから」
山崎はあっさりと言い切った。
「あの人じゃなかったらあんなことしなかったでしょ。結局貴方はあの人をそういう風に扱っても良いって思ってたってことだ」
応えない銀時に余計に苛立ったのか、山崎の眉間の皺が深くなる。
「あなたが愛らしきもので土方さんを傷つけたのか、誰でも良かったのにたまたまあの人を選びやがっただけなのか。あなたもおそらくわかっていないんでしょう?下種が」
吐き捨てるようにそう言うと山崎は挑むように銀時を逼迫した。
そうでなければ赦せない。
愛しているなどと言わせてなるものか。
「二度とあの人に近づかないでください、と本当は言いたいんですが、まぁ無理でしょうね」
山崎は囁くように告げる。
「あの人ね、何も覚えていないんですよ」
弾かれたように顔を上げた銀時に向かって、山崎は嘲るように言う。
「良かったですか?ねぇ、あの人が不審に思うでしょうから、あなたは今までどおりあの人に接して下さいよ。あの人はあのときのことを忘れていますから、決して思い出させないようにしてもらわなきゃ困るんです。…アンタには、その義務があるはずだ」
一生あの人に纏わりついて苦しめ。
言い捨てると振り返ることなく、山崎は雨の道を消えた。
びしょ濡れで帰って来た銀時を血相を変えて万事屋の子ども達は迎えた。
「何やってるんですか」
「銀ちゃん、傘忘れたカ?」
銀時は力なく首を振ると、ふらりと身体を傾かせた。
「銀さん、今お風呂沸かしますから、とりあえず、タオルで拭いててください」
気を利かせた神楽が急いでタオルを持ってきた。
ぐっしょりと濡れたままの銀さんの顔を見て、僕は不安になる。
「銀さん、泣いてないですよね…?」
返事が無かったのが怖かった。
銀さんはどうしてしまったんだろうって僕は思った。
あの日、銀さんがおかしくなり始めたのに僕が気付いた日から、眼に見えて銀さんはおかしい。
ほら、今だって。
顔を湯船につけると、銀さんはじっとしている。
泣き顔を見られたくないのかなァ………
銀さんは明らかに泣いていたと僕は感じた。
ほっておいて欲しいのかなと考えながら、着替えを持って戻ってくる。
「銀さん、着替えここに……」
ゆっくりと湯船に顔を沈み込ませたまま、さっきと寸分違わぬ体勢で、湯に顔をつけたままの銀時に新八の顔色は変わる。
「ちょっと何やってるんですか!やめてください銀さん!!!」
強引に引き上げるとほとんど気を失いかけていた銀時は荒い息で、ぼんやりと新八を見る。
「死んじゃいますよ!!」
殆ど悲鳴みたいにそう叫んだら銀さんが弾かれたように顔を上げた。
「死ぬ?」
「そうですよ!!!」
「そっか、死んじまうか……」
ざぱりと湯船から上がった銀時はおざなりに着替えるとふらふら歩き出す。
「……もう寝て下さい」
子ども達の気遣う声を背に、銀時は死んだように蒲団に倒れこんだ。
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